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コロナ禍もそれ以前も、目の前の患者さんが今必要としていることを – 多機能型・精神科診療所『三家クリニック』の親子支援の取り組み

コロナ禍もそれ以前も、目の前の患者さんが今必要としていることを – 多機能型・精神科診療所『三家クリニック』の親子支援の取り組み
2020年10月2日 pulusu

コロナ禍もそれ以前も、目の前の患者さんが今必要としていることを – 多機能型・精神科診療所『三家クリニック』の親子支援の取り組み

 

大阪府寝屋川市にある、多機能型の精神科診療所『三家クリニック』(みつや クリニック)さん。地域に根ざして40年の歴史をもつ診療所です。
「目の前の患者さんが今必要としていること」をやるなかで広がっていった取り組みについて、特に子育て世帯へのフォローについて、コロナ禍での様子とあわせて、医療福祉相談室の精神保健福祉士(PSW)、長谷高さんにお話を伺いしました。

(インタビューは2020年8月中頃、オンラインツールで行いました)

基本情報

 

・診療部門
・医療福祉相談室・相談支援事業所
・訪問看護ステーション
・デイ・ナイトケア
・カウンセリング部門

と多くの機能を有した精神科診療所です。
職員は50名弱、職種も様々で、精神保健福祉士、作業療法士、看護師、臨床心理士が在籍しています。
デイ・ナイトケアでは講師の先生を招き(陶芸の先生や音楽療法士、ヨガインストラクターなど)、より楽しく参加頂けるような場を提供しています。

》クリニックHPへ

多い日には100人ほどいた通院患者さんがほとんどいない日も…

 

− まず、コロナ禍でのクリニックの様子から教えてください。

 

・4月7日、緊急事態宣言が出てから、患者さんの受診に対する不安やためらいがあって、外来ががらすきになるという、今まで見たことのないクリニックの光景になっていました。
それ以前は、通院の患者さんが月に2,000人、多い日で1日約100人くらいいらしてたのが、ほとんど来ない日もある… 世紀末みたいな雰囲気で…。
今は徐々に患者さんも戻って、8割くらい、通常の仕事に戻っているかんじです。

 

・患者さんの様子は…第一波は、全員ががんばって乗り切ったかんじがあるんですけど、6月の半ば、7,8月に入って、我慢の限界が身体にでてきたり、精神症状が悪くなってという方がちらほらでてきました。8月に入って、暑さもあり、爆発的に具合が悪くなる人も増えてきているかなという気がしています。

 


コロナ禍でのクリニックの診療・運営体制について

《デイナイトケア》

三密を避けた工夫をして、開所しました。
密を避けるため、プログラムを改編しました。例えば、少人数のグループを増やしたり、時間を短縮したり、場所を考慮しながらメンバーさんの入れ替わりをするなど工夫を凝らしました。メンバーさんには、プログラム参加前に手指消毒、体調チェック、検温にマスク着用等をお願いしました。
泣く泣く大人数のグループなど一時的に休止したグループもありましたが、このコロナ禍の不安を話し合うグループや少人数だからこそ参加出来る方向けのプログラムなど、「今の時期だからこそできることは?」をキーワードに悪戦苦闘の日々でした。コロナによる変化は色んな形でありました。

《診察》

電話診療で郵送や処方箋を薬局にFAXする対応や、感染の不安があり受診を迷う方に対しては訪問を強化するなどして、往診やスタッフの訪問でお薬を届けるなど対応していました。

※通院患者さん、デイケア利用の方は約3~4割減というかんじでした。

 

学校教育の怒濤[どとう]の変化に親御さんがついていけずに大混乱でした

 

— 子育て世帯ではどうでしたか?

 

・元々こもりがちの家は、あまり変化がない今まで通りの暮らしの家、うちとはあまり関係がないというふうに過ごしている家もありました。
ですが… 学校教育がこの間ゆれて−—。
分散登校、自主登校、オンライン授業と、いきなり怒涛の変化がなげられました。それに、(病気をかかえた)親御さんがついていくのがしんどい…ほぼついていけていない。5-6月は、とにかく混乱を呈していました。
子どもたちが外に遊びに行けず家で過ごさないといけなくて、家の中がとにかくひっくりかえる、というのはどの家でもありました。

 

・精神科にかかっていらっしゃる子育て世帯だと、疾患を理由に、保育園や学童保育に預けているご家庭も多いです。そこが、みなさん預けにくくなって…預けられないことで余計に親も子どももしんどさが増すんだけど、多くの家は遠慮していました。
「保育士さん大変ですよね…」「学童の先生も(感染リスク)にさらされているの一緒ですよね…」などと遠慮して、我慢して、結果的に爆発する状況があちこちでみられました。

 

第三者が入ることで家族の中に風穴が通ります

 

— 子育て世帯へのサポートはどのように行なっていたのでしょう?

 

・訪問支援も積極的にしているので、訪問看護ステーションのスタッフと分担しながら、短時間で…密にはなるけど(接触はあるけど)10分でも15分でも、家を覗きに行くわと、いろんな家に訪問しました。
薬が切れないようにだったり、子どもさんがどうしているのか家の状況を見に行ったり、イレギュラーの毎日で4-5月は駆け回ったかなという気がします。

 

・当初はひきこもって「コロナあんま関係ないわ」と言っていた人たちも、長期化してきて、そうは言っても疲れてきて、親子の関係がギスギスしてきて、それまでなら外にでて発散できていたことができなくて、ささいなイライラをぶつけあったり…。
訪問は…外から家族以外の人がくるのは、家族の中に風穴が通るかんじがします。お母さんがほっとしたり、子どももいっときお母さんから離れられることで息抜きになっているのかなと訪問しながら思いました。

 

ー訪問があるというのは強みですね。ステイホームでより一層。

 

・クリニックに来ていただいて会う方も多いですけど、お家はその方の「ホーム」なので、クリニックで話すのとは、表情も、リラックス感もちがいます。
関係が深まってくると、ゴミがたまっていようが…「もういいよー」と全部みせてくれることも。
そうはいっても家の中に入られるのはイヤという家も少なくないので、玄関先で話をして、ということもあります。

 

・コロナ禍では、子どものいる家はイレギュラーで動いていたんですが、例えば、家でお母さんとひとりのスタッフが話をして、子どもは別のスタッフが公園に10分走らせに連れ出すなど、分散でサポートに入った家も数件ありました。

 

・5年ほど前から、患者さんだけでなく世帯全体をサポートするために、通院している患者さんの子どもの居場所みたいな活動を、週1回デイケアでやっています。子どもたちの居場所、発信できる場所だったり、ご家族のレスパイト[一時休息]だったりします。
ここで関わっている子どもたちが、コロナ禍で、危機的な状況をどうやってのりきるか… 一番心配でした。足繁く訪問を入れたりしていました。

 

「そこにはちゃんとつながりがあるでー」という発信をしつづけました

 

・ほかにも、メールをしたり、電話したり、行けなくても別のツールでつながって、安否を確認したり、緊急度を予測したりしながら関わっていました。

 

・うちのクリニックでは、スタッフ各自に携帯が渡されています。
私は、電話に出るのは勤務している時間で、夜間休日は対応していませんが、担当の患者さんには、「メールや電話の着信は好きに使ったらいいよ」と伝えています。そして留守番電話を私の声で入れています。
そうすると…
留守番電話の声をきいて、子どもに手をあげるのがちょっと落ち着く、「あ、長谷高さんの声がきこえた」と我にかえる人もいらっしゃいます。場が切り替わる(というようなかんじでしょうか)。
メールに「こんにゃろーしんどいーしぬー」みたいなことを送りっぱなしにして、なんとか夜を過ごしていることもあります。

 

・必ず翌朝には連絡がくることを何回も繰り返して覚えてもらいます。
「そこにはちゃんとつながりがあるでー」という発信を、ツールを介してお伝えしているかんじですね。
24時間年がら年中出なきゃいけないかな?と思ったりもしたこともありますが、それは無理やなと、行政や民間で24時間やっているところを紹介します。
そこまでいたらずとも、吐き出しようのない感情を一旦横に置いておく…その横における箱として活用してね、と。
みなさん上手につきあってやってくださっていますね。

 

生きてきた文化がそのまま連鎖する

 

— 寝屋川の土地のことについて少し教えてください

 

・クリニックは、来年、開院から40周年を迎えます。
40年やっていると、40年前に若かった人がお母さんになって、と人生が展開されています。
寝屋川市の特徴として、若年での妊娠出産が多く、16歳の母、32歳の祖母というのも珍しくないような土地柄です。3世代にわたっての患者さんの通院もざらにあります。
決して富裕層が多い地域ではなくて、生活保護の世帯数が大阪府下6番目という時期もあったエリアです。

 

<寝屋川市。クリニックの最寄りは京阪・寝屋川市駅>

 

・子供たちは、親や自分が知っている、身近に接している大人をモデルとして育っていくように思います。
一緒に仕事をしている方がよく言っていることばで言うと…
「生きてきた文化がそのまま連鎖する」

 

・若年妊娠に違和感はないし、高校に行ってなかったら行かなくても不思議ではないし、高校に行かなあかんわけではないけれど。生活保護の受給は悪いことではないけど、別に働かなくてもええやん…と子どもたちがそのままひきついでいく。
(連鎖からぬけだしていく)うまくいくケースばかりではないので、そういう子どもたちもたくさんいるかな、と思います。

 

「私だって一生懸命生きてきた」患者さんになった成人した”子ども”のことばにハッとさせられました

 

子ども支援に力を入れるようになるまでのこと。印象的なある成人の患者さんのことばがありました。

 

・医療機関では、基本的には目の前にいる患者さんにかかわるので、ここでいう親が病気をかかえた世帯にかかわるときには、お母さんにかかわることが多いのですが、「お母さんうつ病でしんどいね、寝たきりやけどがんばってるね、がんばってるね」とかかわっていたら、それをみている子どもたちが「何をがんばってるの…?」と。
お弁当も作ってもらえない、朝も起こしてもらえない、声をかけても、ううーてなってずっと寝てる、ひどいときには一緒に死のうと言われちゃう。「それで何をがんばっているんやろう?」と。

 

・でも、子どもも、「お母さんがんばってる」ってわかってる、そんな気持ちの葛藤を抱えながら子どもが混乱しながら家の中で暮らしているんやなと、いろんなケースをみながら感じました。

 

・その頃に、ある印象的な患者さんがいらして。
いわゆる世代間連鎖した成人した患者さんが「私だって一生懸命生きてきたのよ。まわりは、親族も支援者もみんなお母さんはがんばってるって言ってだけど、『私もがんばってたんだ、私ががんばるのは当たり前だった』」と言っていて…
「お母さんが動けなくても、私はお腹がすくし、食べなきゃいけないけど家の中に何も食べるものがない、学校にいっても誰かが何かくれるわけではないし、そんなのバレたら嫌だし、必死で隠す。『私だって一生懸命生きてきたのよ』と。私はすごくハッとさせられ、『そう思って当たり前だよなぁ』と気付かされました。

 

・家族支援は、片一方だけに偏っていたら意味がないなと思いました。
それまでは、私がひとりで一家を、子どももお母さんもふくめてサポートするというやり方をよくしていました。だけどそれからは、クリニックの中でチームをつくって、私は子どもからみたら憎まれ役になることもあるけど、子どもに寄り添えるスタッフをちゃんとつける、というように役割分担を意識するようになりました。ここ数年のかかわりです。

 

そうやって子どもに声をかけると、子どもは反応してくれます

 

・あるお家で、お母さんが家で危機的にしんどい状況で、子どもたちだけでなんとかお母さんのサポートしようとしていたんですが、「それは小学生中学生にできる話やなかったね、大変やったね…」みたいな話をしたら、奥の部屋から子どもがぼっとでてきたりしました。
家に訪問して、子ども部屋がここで、ベッドがここにあって、お母さんはきっとここでひっくりかえってて、といったことが見えてくると、なおさら子どもへ声もかけやすくなります。

 

・コロナ禍ですごく大変でしたけど…私はお母さんに連絡をとるから、あなたは子どもたちの顔を一回見に行ってと分担をしていて、そういう分担がうまく機能し始めているなという気がしています。

 

<HPの相談支援事業所のページには「育児について悩んでいる」ときに使えますと記されています>

生活の場が治療の場

 

必要なケースにしぼってということであっても、親子それぞれに担当がついてフォローする体制は、ものすごく手厚くて驚きでした。今の医療のしくみでは、担当がつく以前に、患者さんの子どもまで全く手や目が届かない、というとことも多いと思います。

— 子どもへのまなざし、それができる体制はどこからきているのですか?

 

・「生活の場が治療の場」であること。
医師だけではなく多職種でチームを組んで関わり、精神疾患を抱える方々の生活を地域で支えていく。気軽に集える場を作って仲間を見つけていく。クリニックはこれら理念をもって開院しました。
それら理念が当たり前に基盤としてあって(患者さんだけではなく家族も含めた)目の前の人に必要なことをとにかくやる、一緒に考えています。

 

・長年地域とつながりをもつ中で、「こんなこと相談していいんやろか?」というようなケースも「とにかく一回診察してみるわな」と引き受けてみるうちに、どんどん横のつながりができて、相談されることも多いです。

 

・初診では、精神症状や体調はもちろんですが、「おうちどうしてんの?家族は?お金は困ってない?」といったことを必ず聞いています。
そこの視点は、(子どもにまで目が届かない)他の病院とはちがうと思います。
「介入せなあかんな」となると、相談員にケース依頼がきて、「あとは考えてよろしく」と任されて動く形になります。医療の母体が「患者さんのために必要なことは動いていいよ」としてくれるのは、ものすごく動きやすいです。

 

 

子育て世帯に焦点をおくと、診療所の中だけで、診療所のスタッフだけで、とはいきません

 

・子育て世帯に焦点をおいて、家族の暮らしを考えると、診療所の中だけで、診療所のスタッフだけがサポートすればいい、と言う話ではなくて、教育機関、保育機関との連携は必須になるし、行政—家庭児童相談室や児童相談所などとも必然的に連携が必要になってきます。
そうして地域でチームをつくっていったら…
「なんかこの家庭に似ている家があってね、三家さんでみてもらえん? 多問題で、お金も苦しいし、子どもも学校に行ってないし…」と、うちのクリニックのたくさんある資源を活用するとなにか変わるのでは、と期待を寄せてくださってご紹介いただくケースが多いです。

 

・学校との連携は、ここ5年くらいです。
もともと医療と教育が横に並ぶのは難しくて、それも「精神科の医療が学校へ足をふみいれるなんて」と歓迎されなかったです。間に行政機関が入ったり、ケース会議という名目で学校へ入ることはあっても、結局、単発で終わる状況が多かったです。

 

・5年くらい前に、学校保健会の先生方が集まる夏休みの研修に、訪問スタッフが「精神疾患をもつ親とその家庭で暮す子どもについて」お話させてもらいました。
そのときに「実は学校でこんな子がいて困っている」と個別に相談が入りました。
…地域の先生が困ってる、それは子どもも家の方も困ってる…。
報酬に繋がるわけではないけど学校に入らせてもらって、先生方と一緒にケース検討をさせていただきながら、徐々に徐々に、学校に入らせてもらっているという状況があります。

 

お母さんのストーリーをしっかり伝える

 

・ケース会議では、誰も悪者にしない会議にしたいと思っています。
学校は子どもたちをよく見てくれていて、とっても熱心な先生がたくさんいらっしゃるんだけど、会議に参加すると、できないお母さんが問題となることが時々あります。

 

・お母さん自身のストーリーを… 「こういう事情があって、こういう背景があって、こういう生き方をしてきたお母さんだからこそのこの選択で」というのをしっかり伝えていきます。すると学校の先生も謎解きをしはるようなかんじで、「あ、だからあのときこんな反応をするんですね」と。ちょっと通じたときにはよっしゃーと思いますね。そうした視点が入るだけで、先生方もホッとするというか、先生方の困り感が漠然としていたものが、「じゃあこんなかんじでいけばいいんか」と。
先生の関わり方を180度変えてもらえないというわけでは絶対になくて、熱意ももちながら、お母さんの理解をプラスアルファ加えてもらう。それだけで、学校がご家族にとっても相談しやすい場所になったりします。

 

・コロナの前だったら、養護教諭の先生と懇意にしている教職員の先生とオフラインで親睦を深めることもしてたんですが、今はなかなかそういう機会はもてないので、広げ方はまた考えなきゃと思っています。

 

家ではなかなかできないこと… 例えばイベントを親子で一緒に楽しむというのがいいなと思います

 

「次から次に考えていかんと追いつかん、その場その場で必要なものを準備」とできていった取り組みを教えてもらいました。既存の枠組みを活用しながら、ときにはみ出しながら、目の前の必要な人へ必要な取り組みを提供しています。

 

《子どもの居場所づくり》

 

・きっかけになったご家庭は…統合失調症のお母さんが家で幻覚妄想状態になられて、受験期のお子さんを夜な夜な起こして症状にまきこむことがありました。それで子どもが、受験も諦めて人生どうでもいいや、となったときに、いやいやいや…大事な時期やから、お母さんは入院してもらって子どもは安全に勉強できる環境を整えようと、訪問のスタッフが子どもさんを連れてきて、クリニックの一室を開けて、使ってもらったのが、「子どもの居場所」の始まりです。
最初は受験期の子ども。それから不登校の小学校高学年から中高生。何回か時期を重ねて、今は低学年の子どもが中心のグループになっています。

 

 

《お母さんの居場所づくり・親子で参加できる場所》

 

・子どもの居場所と並行して、「お母さんの居場所」づくりを、デイケアの枠組みのなかではじめています(最近はコロナ禍で開店休業状態ですが…)。これは個人的に、新しい試みかなと思っています。

 

・精神疾患のあるお母さんが、地域の子育て広場や、保育園の園庭開放などに行って、ママ友をつくるってすごくハードルが高いです。
そのあとみんなでランチに行きましょうとか、こんな育児をやっててこんな教育を考えていますとかの会話に、ついていけなくて、そこの対人関係がしんどい方がたくさんいて…。送迎をしていても誰ともしゃべらなくなって、心持ち離れて、孤立していく方たちも多いです。

 

・「情報交換したくないわけではなくて、しんどいことまるごと話せる場所が欲しいな」
という、ひとりのお母さんからの声がきっかけです。
お子さんは不登校でずっと家にいる状態で…デイケアは登録者しか参加できないけれど、そんなことを言っていたらこの人は出てこれないなと、運営担当と相談して、子どもも全部つれてきて、カオスになるけど集える場所をつくろうと始まりました。
子どもは別室でビデオをみたり、遊んだり、しゃべったりして過ごしています。
「あ、今日のお母さん、めっちゃしゃべるな」とお母さんの様子を子どもが見ていたりすることもあります。

 

 

・お誕生日の月やクリスマスのときには、カードをつくって子どもはお母さんに、お母さんは子どもにあげることをやったりしました。
今日はちょっと鬱々[うつうつ]していてできない…というときは、「じゃあシールだけ貼ろか」といった参加の仕方が’きばらずに’できる場所です。かつ…家ではパーティーとかしないけど…イベントを親子で一緒に楽しむ、子どもといっしょになにかができる、というのがいいなと思います。

 

ママ友に「ゆうべ眠れなくってこのお薬のんだんだけどさ」は言えないーそれをオープンにできる場が必要だったのかなと思います

 

病気をかかえた親御さんが集って話せる場、ぷるすあるはにも問い合わせが入り、ニーズを感じます。家ではなかなかできない経験もふくめて、「親子で一緒に」というのがいいですね。

 

・ニーズはあります。すごくあります。
ただ、来るのにエネルギーがいるので… スッとつながれる方は、がんばって地域の広場にもつながっていたりします。相当がんばらないと行けない人が行ける場所がなかったので、はじめました。
お母さん自身が元気になっていったり、子どもが成長して行くと悩むステージがかわっていかれたりして、参加されてる方はどんどん変わって行きます。
子どもも、不登校だった子がだんだん動けるようになって、子ども自身につながる人もふえて、変化があったケースがあったかなと思います。

 

・ママ友に、「昨日ねむれなくってこのお薬のんだんだけどさ」みたいなことって絶対に言えないので、それがオープンにできる場というのが必要だったのかなと思います。

 

この4月から新たに、保育所等訪問支援の事業もはじめました。
障害のある子どもへの支援、保育園や学校へアウトリーチして、学校関係者や保護者の方と話をしながら支援していく事業です。一般的には発達障害のお子さんが多いですが、クリニックでは母体が精神科であることを生かして、児童精神科にかかっているお子さん、環境によって二次的にしんどさを抱えている子どもさん対象に、できることを考えているそうです。

 

・包括的にやらないとなというのは、どのケースを通しても起きているので、当然関係機関との連携はするんですけど、その中で、うまくいくところもあれば、足りないところもあったりします。そのときに、何が自分たちにできるかを次から次に考えていかんと追いつかんな、と。
うちのクリニックがいろんなことを始めているのは、全部、その場その場で必要なものを準備しているような格好です。

 

ー必要なものをつくっていくなかで、ぷるすあるはのツールとの出会いがあり、活用していただいているとのこと(嬉しいお話です)。

 

・最初にぷるすあるはのツールと出会ったのが、うつ病の絵本。
そして、生きる冒険地図にもあると思いますが、緊急時のカードを初めて使ったときに衝撃でした。
私はそれまでは、「困ったら電話しい」「近所にあの人おるからそこへ走ったらええやん」みたいにしか言えてなかったです。ぽんって投げてて、子どもの目線に立ててなかった。
あのツールを使ったときに、子どもが、くいついてきました。

 

 

「ココにあのおばちゃんの番号をかいて」
(うちのクリニックは受けつけが二階なので)「一階でもじもじしてたらどないもできへんから、二階にあがって、この人に言ったら私がでてくるから」
まで伝えるようになりました。
ツールを使って伝えるのは、子どもに入りやすいです。
ご家族が病気を説明するのに、言葉では伝えにくかったり、エネルギーがないときにも、絵本だったりツールがあるとすごく便利というのは実感としてあります。

ごちゃまぜな場、ふらっと寄れる場、ざっくばらんに話せる関係、今以上にがんばらなくていい世の中…

 

—最後に、コロナ禍でかんじること、こんなサポートがあるといいということについて教えてください。

 

・なんやろな…。見捨てずにかかわってね…ですかね。
(今日お話をしてきたような)ご家庭とかかわっていると、モデルになる人とかとの出会いの圧倒的な少なさというのをすごく感じます。
(私で言うと…)たぶん、同じ母親の目線で話せたり、同年代だったらお友達らしい話だったり、子どもたちに対しては親戚のおばちゃん的にしゃべれたり…いろんな姿カタチをした大人で。人より圧倒的に少ない経験値のところって、こんなふうにかかわってる、ここの部分はみたされる、というのは誰にでもできることかなと思います。モデルになる人がいる世界(をみなでつくること)。

 

・コロナ禍では、家庭内でDVの増加のことや、コロナ最前線の医療者もすごく疲弊していることなど、メンタルヘルスのことが取り上げられやすくなっていると思います。もう少しフラットに話し合えるような世の中になったらいいのにな…。
私は、自分がもうちょっとしゃんとしなきゃと思った時期もありますが、その後の状況「しんどいわー」と。同じ寝屋川市で子育てしているので、「分散登校とか訳わからへんよね」と同じ目線で話せたり、「しんどくなるのは当たり前やから、特別に思う必要ないわ」をざっくばらんに話していける関係がひろがればいいのになと思います。

 

・ひきこもってる方で、コロナ前は、ひきこもりは悪で、外にでなきゃいけない、社会に属して、出ていかなきゃいけませんという風潮だったのが、ステイホームで世界中からひきこもりましょうと言われて、「時代が来た」みたいに言ってた人がいました。
まわりが受け入れてくれたじゃないですけど、自分が今以上に日々をすごく頑張りすぎなくてもいいんだっていうのが、すごく安心したとおっしゃってた方もいて、それってみんなが感じられたらいいのになって思います。

 

・今、地域が、子ども食堂などいろんな場所づくりをしてくれていますけど、あまり特別感のある場所にならずに運営するにはどうしたらいいんだろうと考えます。子ども食堂でも、フラットにやっているところがすごーく長くつづいている印象です。
クリニックでは、医療の枠組みをある程度作らざるを得ないですが、できれば、空いてたらふらっと行こう、ぐらいなかんじでみんなが来られるもの〜「金曜の夜とか晩御飯作る気にもなれんわ」ってときに、ふらっと子どもを連れていけたら、めちゃくちゃ楽チンやって思うんですよね。でもそこにふらっと寄るためのハードルの低さはどう設定したらいいんやろ…。家でご飯いっぱい食べたい、手作りのご飯食べさせなきゃ、何時までに子どもを寝かすためにはこの時間に食べてもらわなくちゃ、とかすごく必死なお母さんがたくさんいらっしゃって、どうしたら「寄っといで〜」とできるんやろなとすごく考えちゃいます。

 

 

・コロナの前には、クリニックでフォローしているお宅を中心に、何ヶ月かにいっぺん食堂をやっていました。成人のデイケアのメンバーさんやお一人暮らしの方、今から帰ったらひとりでご飯なんよね、という方もミックスした食堂です。何回かやって、結構面白かったです。老若男女入り乱れて…しゃべらなくてもそこに属しているだけでいい人、カオスな方がどちらかというといいという人もたくさんいて、「おいしい」のひとことだけでもよくて。
私は基本的にあんまりカチっとしたことができない、苦手で、自分もいたくないので、そういう雰囲気がやっぱりいいなと思います。
あるとき、就労したばかりで、あまり定期的にかかわれていない方が金曜の夜の食堂に来ていました。食べ終わってもなかなか帰らないのでどうしたん…というところから、仕事場の近況、楽しみなことなんかを話してくれました。話すきっかけがカオスの中で生まれるんやったら、ごちゃまぜの方が案外入り込みやすいなというのはありますね。

 

子ども食堂ならぬカオス食堂。ぷるすあるはのアトリエもいつもカオスで、そこからチアキのいろいろが生まれています。

 

・発信してね、相談してね、を私も言うんですけど、そもそもその仕方がわからないとか、そうすることで助かった経験をあまりしていない方にとって、それをどう保証して、伝えていくかと言うのを最近すごく考えています。
SOSを出してもいいものなのよ、誰でもいいから出してくださいって言いたいけど、そのやり方って結構難しい人もいますよね… ちょっと切れ味が悪いですけど、そんなふうに思っています。

 

 

おわりの追記… ぷるすあるはのツール

基本は成人の方にかかわることが多いという長谷高さん。
小さい頃に虐待を受けていたり、非常に過酷な人生を生き抜いてきて、今なおすごく生きづらさを抱えている方を担当することも多く、そこでぷるすあるはのツールを使っているそうです。活用法の紹介と、リクスエトもいただきました。

 

『生きる冒険地図』のなかの「境界線」のページがブームです。
過酷な幼少期を生き抜いてきた方で、境界線があいまいだったり、「バリアをもつ」のイメージが全然わかない方も多いです。「だれだって人は侵入的でしょ」と。そういう時に、なにを守って、なにを大事にしていくのか、という話をするときにイラストをぱっと見せられるのはすごくありがたいです。ストレスコップやクラフトメーターも使ってます。

 

<境界線のはなし 『生きる冒険地図』より>

 

なかなかいいツールがなくて困っているのが、感情の説明。
プログラムでは、トランプくらいのカード(ハルのきもちいろいろカード)をよくつかっています。今どんな気持ちとか、この一週間どんな気持ちが占めたかを、カードを4枚くらい並べてウォーミングアップに使ったりしますが、感情をどう表現するかがすごく苦手な大人の方が多いです。
すごく怒ってる、悲しい、といったことも回避的になられる方や、我慢しなくちゃってなられる方がすごく多いんです。

 

「こういう時には怒りがでてもいいねん」「悲しいっていう気持ちがあるよね」「実は感情の正体ってこれかもね」…みたいな気づくきっかけになるようなもの。それがあって悪いことじゃないよもわかるもの。「喋るとちょっと落ち着くよね」みたいな対処法も。そういうのが若干ストーリー仕立てであると使いやすそうです。

インタビューを終えて

 

「目の前の患者さんが必要としていることに出会ったら、既存の枠組みにとらわれずに、知恵をしぼって工夫して動いてみる。取り組みとして作ってしまう。」
その一貫した姿勢が印象的でした。
これらの取り組みをどのクリニックでもそのまま取り入れる、というのは難しい(現実的でもない)と思います。それでも、できることから少しでも取り入れられるところがあれば…と。紹介したいと思う取り組みをお聞きできた時間でした。

 

チアキは精神科の診療所で長く働いた経験が蘇りました。そして「必要だけど…ない、ないなら自分たちで作ろう」とプルスアルハのツールづくりを始めた原点も思い出しました。

 

スタッフ間での温度差があったり、ついていけないスタッフはいませんか?…という疑問には、ある・いると思いますとのこと。多様な個性が生かされている、クリニックの強みを、スタッフに継承し育成していく課題があがっていました。
うまくいかなかった例は?には… 転居や転院などで関われなくなったり、連携がうまく取れずに中断した例など。
それでも、「クリニックはチームでかかわるので、たとえ患者さんと私との関係が一時的に難しくなったとしても、他のスタッフがかかわってくれるのでとてもありがたいです。一人ではできないことが多すぎるけれど、チームがあるからこそこうして動きまくれているんだと思います」という答えが返ってきました。

 

クリニックの理念は「生活の場が治療の場」とありましたが、「生活者の視点」が、支援者としてのかかわりによいかんじに反映されているのかなと、長谷高さんのお話の節々から感じました。
インタビューへのご協力ありがとうございました。

 

 

 

資料・リンク集

 

精神科医療機関での子育て支援に関するコラム

》メンタルクリニック(精神科医療機関)での子育て支援 『8つの提案集』

待ち合いや待ち時間などの工夫、予診・診察や相談場面での工夫、子どもに対して。スタッフ体制、診療体制によって、できること、難しいことには幅があると思いますが、取り入れられそうなことがあれば活用ください。(ぷるすあるは)

》メンタルクリニックでの子育て支援を考える1─病気をかかえた本人の立場から

》メンタルクリニックで出会った患者さんの子どもたち。どんな応援ができる?

》精神保健福祉士(PSW)による親子の支援ー医療機関での精神障がいを抱えた親の子育て支援・子ども支援

書籍

『メンタルヘルス問題のある親の子育てと暮らしへの支援 先駆的支援活動例にみるそのまなざしと機能』

(子ども虐待対応のネットワークづくり 1)
松宮 透髙 (監修, 編集), 黒田 公美 (監修)
福村出版,2018

児童福祉と精神保健医療福祉….両面から溝に橋をかけるような視点で構成されています。生活支援、世帯支援に焦点。多彩な支援の取り組みが具体的に例示されていて、読みやすい一冊です。

コロナ禍の声

》精神障害がある人の新型コロナウイルスの影響後の生活に関するアンケート調査 報告レポート(2020.6.23 公開)

精神障害当事者会ポルケが実施したアンケートの結果、調査から見えてきた課題と今後の提言について掲載されています。(371件の回答)

》新型コロナウイルス感染症(COVID-19)流行下における メンタルヘルス対策指針 第1版(6/25)

日本精神神経学会 日本児童⻘年精神医学会 日本災害医学会 日本総合病院精神医学会
日本トラウマティック・ストレス学会

「子ども虐待防止オレンジリボン運動 新型コロナウイルス感染症対策下における子ども虐待防止に資する活動への助成」を受けて行っています。

》トビラのページへ