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学校MHL教育4─日常のなかでできるストレス対処行動・援助を求める大切さを伝える

学校MHL教育4─日常のなかでできるストレス対処行動・援助を求める大切さを伝える
2018年6月8日 pulusu

取材記⑦ -by Suzuki Yo & pulusualuha


学校メンタルヘルスリテラシー教育(以下、学校MHL教育)は、こころの不調や精神疾患についての知識を身につけることで、自分のこころの不調に気づいてまわりの大人や友達、専門相談機関などに相談できる予防の力をつけていくことをめざす教育です。海外ではヨーロッパやアメリカ、オーストラリアを中心に実施されており、日本でも少しずつ、さまざまな団体によって取り組まれています。

 

シリーズ第3回の前回は、兵庫県尼崎市の「NPO 法人 こころ・あんしんLight」(以下、こあら)が作成した思春期の子ども向け教材“はーとトンネル”をご紹介しました。(ページの最後にこれまでの取材記へのリンクあり)

 

今回は、精神保健福祉の多職種や教育関係者の有志による「みやぎこころのデザイン教育」(SCOPE・宮城県仙台市)のプログラムや考え方などを紹介します。日常生活のなかで行える対処法を意識し、対応する力を伸ばすことの大切さなどについて、SCOPEのメンバーである高橋由佳さん(認定NPO法人Switch理事長/精神保健福祉士)、内田知宏さん(尚絅学院大学人間心理学科/臨床心理士)、佐藤利憲さん(福島県立医科大学看護学部/看護師)、堀内美咲さん(仙台市精神保健福祉団体連絡協議会/精神保健福祉士)にお話をうかがいました。


 

コンボの研修会をきっかけに、結集へ!

 

「みやぎこころのデザイン教育」(School Outreach for Psycholojical EducationSCOPE)は、小・中・高校に訪問して、こころの健康を学ぶ授業を行っています。現在のメンバーは9人。臨床心理士、看護師、精神保健福祉士など精神医療福祉関係者、そして教育関係者、キャリア教育コーディネーターなど、幅広い職種です。

 

SCOPEが結成されたきっかけは、2012年、特定非営利活動法人地域精神保健福祉機構(通称・コンボ)/学校メンタルヘルスリテラシー教育研究会が仙台で行ったインストラクター養成研修会でした。
高橋さんは、それまでにつながりのあったみなさんにセミナー参加を呼びかけました。みなさんはそれぞれの仕事で子どもや若者の支援に携わっていて、メンタルヘルスリテラシー(MHL)教育の大切さを感じていたこともあり、セミナーの後、「仙台でもこのような授業をぜひ実現しよう!」と話が具体化しました。

 

最初は、内田さんがスクールカウンセラーとして勤務していた高校で授業を実施。2013年に文部科学省の「学びを通じた被災地のコミュニティ再生事業」の委託を受けてから本格的に活動を始めました。現在は毎年約10校から依頼を受け、出張授業を行っています。昨年は熊本県や福島県など他県からも依頼を受け、しだいに活動を広げています。

プログラムの概要──授業で大切にしていること

 

SCOPEのプログラムでは、「予防の観点を重視し、誰もがこころの病になりうること」「思春期は悩みを抱えやすい時期なので気をつけなければならないこと」、そして「不調になったときには身近な人に相談することが大切だということ」を伝えています。

 

授業は、基本的には45分~50分間、次の3つの柱から構成されるテキスト(ワークブック)の内容に沿って、進めます。

 


1章 ストレスについて知ろう
2章 こころの病気について
3章 あなたが元気でいるためのワーク集


 

1章 ストレスについて知ろう

 

 

まず、ストレスという言葉を聞いて、自分の生活に関連することで思い浮かぶことを自由に話し合ってもらい、ストレスが身近な存在であることを共有します。そして、ストレッサーとストレス反応を区別しながら、ストレスが体やこころ、行動にどのような影響を及ぼすかを考えます。また、自分のストレス状態についての点数をチェック表に記入することで、さらにストレスを自分にひきつけて考えられるようにしていきます。そのうえで、ストレスが大きくて対応できなくなると、こころの健康を損ねてしまうことを、イラストでわかりやすく伝えます。

 

2章 こころの病気について

 

精神疾患にかかっている人は糖尿病やがんの人よりも多いこと、14歳までに発病する人が50%であること、気分障害や不安症、統合失調症について説明し、身近な病気であることを伝えます。また
‘こころの不調を感じても約2割の子どもたちが相談していない’
実態を交えながら、相談することの大切さを伝えます。

 

3章 あなたが元気でいるためのワーク集

 

 

ストレスをため込まないためのセルフケアの方法を、ワークを取り入れながら学びます。楽しみややりがいのある活動の見つけ方を伝えたり、最近楽しかったことや好きな食べ物、行きたい場所をワークブックに書き込みながら、自分が行っているセルフケアを考えます。

 

「私のつながりマップ」づくりでは、「わたし」を中心にしながら、つながりのある人を書き込んでいきます。自分がすでにもっている人とのつながりを見渡せるようにすることで、「こんな人が実は身近にいるんだ」ということに気づいてもらいます。

 

さらに呼吸法やリラクゼーションなど、日常の中でできる具体的なセルフケアの方法も伝え、体とこころがつながっていることを体験していきます。

 

基本的には1章20分ずつかけて行うことを想定していますが、授業の前に教師と打ち合わせをして、どの部分に重点を置くか希望を聞きながら、内容をカスタマイズしています。導入では、実際に呼吸法で体とこころがつながっていることを体感したり、小学生の場合はワークを中心にしながら生活に結びつけて説明したりなど、子どもに応じて工夫をしています。

テキストづくりで、誰もがわかる表現を考える

 

ワークブックはイラストが豊富に盛り込まれ、書き込みながら考えることができ、ポイントもコンパクトにまとめられています。作成にあたってはプロのデザイナーが加わり、イラストにおける子どもの微妙な表情や、言葉の表現11つについても気を配り、約半年間、話し合いを重ねたそうです。

 

内田さんが中心になって作成した原案の段階では、医療の専門用語がたくさんありましたが、デザイナーや学校教育にかかわるメンバーの指摘もふまえながら、子どもにわかる一般的な表現に修正していきました。だれにでもわかる表現や説明を意識したことが、授業をするときにも活かされたそうです。

 

子どもや保護者の反応──想像以上に子どもたちは知っていた

 

子どもたちは授業を真剣に聞き、感想文でも「ストレスは自分にも関係あることがわかった」「こころの病気は名前しか聞いたことがなかったけど、よくわかった」と書かれていることが多いそうです。

 

SCOPEMHL教育は、もともと中学生、高校生を想定して作られたプログラムでしたが、初めて小学校高学年に授業をしてほしいと言われたときには、どこまで踏み込んで教えたらよいか、戸惑いもあったそうです。
でも、実際にこころの病気ときいて思い浮かべることを聞いてみると、「自殺」「引きこもり」「やる気がなくなる」「お酒を飲む」など、大人や専門職と同じことを連想していることがわかりました。
高橋さんは「思った以上によくわかっていることに驚きました。実は、こころの病気のことをみんなで話す機会がないだけで、知っているのかどうかを聞く手段がなかったんですよね」と振り返ります。

 

一方、想像以上に頑張っている子どもの姿も見えてきました。
たとえばうつ病の説明で、「眠れない」「食欲がない」などの不調がどのぐらい続いたら相談すべきかを書き込むページがあります。
答えは2週間にしていますが、子どもの答えは「1か月以上」が多く、中には「1年」という答えもあるそうです。「具体的な目安を示すことで、1人でがんばりすぎずに相談してほしいというメッセージを伝えることができているのはとても大事だと思います」と、堀内さんは語ります。

 

また、授業参観の場で授業を実施するときもあり、親の反応にも手ごたえを感じるそうです。授業後に保護者にとったアンケートでも、ほとんどが「子どもはこころの健康に興味がもてたと思う」「子どもは授業の内容を理解できたと思う」、そして「学校での授業が必要だ」と回答しています。
教師からもよく「子どもたちに教える前に、まず私たちが知らなければいけないですね」といわれるそうです。

生活の中でのプラスα──みんなの対処法を伸ばし、身近な人に援助希求ができるように

 

SCOPEが授業でめざしているのは、特別な知識やスキルを身につけることではありません。「普段やっていることを意識して行うちょっとしたプラスαをしていくことです。それによって、自分の身の守り方が変わり、リスクを減らせることができるのです」と内田さんは強調します。

 

佐藤さんも、こう語ります。
「ストレスへの“正しい知識”や対応法を身につけることができれば、子どもたちはすでに力をもっていますから、あとは自分でできます。その力を信じることが大事だし、大学生が高校生に、高校生が小学生に伝えられるかもしれません。また、いま問題を抱えている子どもに対しても、友達として適度な距離をとりながらきちんとかかわっていくことにつながるのだと思います」

 

援助希求行動については、授業後に子どもたちに行ったアンケートでは、「だれにも相談しない」という割合が授業前よりも低くなり、効果が数に表れています。
佐藤さんは「1人で考えることは決して悪いことではない。それが思春期の特徴ですし、1人で考えることも大切にしつつ、他者に相談するという選択肢を増やしていくことが大事」と指摘します。

 

つながりがつながりを呼ぶ

 

学校に外部の人が入ってMHLの授業を行うには、高い壁があるのが現状です。
SCOPEも、立ち上げ当初、学校や市町村の生涯教育課を訪問して説明しましたが、授業の実施への賛同はほとんど得られませんでした。ただ、文部省の委託事業を受けてテキストを作成してからは、興味を示す学校が増え、実績を重ねるごとに、養護教諭の口コミや保健師のつながりによって広がってきたそうです。

 

また、SCOPEのメンバーは、それぞれ専門分野の学会・講演会などで活動について伝える機会が多く、その場で教師から依頼されることも増えてきました。昨年は熊本県や福島県でも授業を行いました。
「SCOPEの誕生もコンボの研修会がきっかけでした。私たちが授業をしたことをきかっけに、その地域でMHL教育に取り組む仲間をつくっていきたいですね」とメンバーのみなさんは語ります。

 

一方で、課題もあります。
SCOPEでは、授業を実施する「サポーター」の養成に取り組んできましたが、授業は平日に実施することが多いため、サポーターになっても実際に活動することが難しい状況です。そこで、いまは広く子どもたちの援助希求を受けとめるサポーターの養成(スキルアップ)に力点を置いて、年1回、「サポーター養成研修会」を実施しています。自殺対策や相談の受け方をテーマに外部講師を招き、多くの教育関係者や、精神保健医療福祉関係者が参加しています。

 

おわりに──予防は特別なことではない

 

高橋さんは、これからの活動の抱負をこう語ります。
「このプログラムを専門領域だけのものではなく、だれでも伝えられて、だれでも学べるものにしたいと思います。こころの病は世界中で増えています。大人になって社会に飛び込む前に、子どもたちと学び合うことはとても大事です。ただ、予防という言葉には肩ひじを張ってがんばるようなイメージがありますが、本来は特別なことではなく普段の生活の中にあるものです。そこを大事にしたいと思います」

***

今回、みなさんのお話を聞き、「子どもの日常生活のなかでできること」という視点が、とても印象に残りました。
子どもと大人が一緒にこころの健康の正しい知識を学び、普段の生活の中でやっていること、ちょっとしたプラスαでできることを共有していくこと。いまもっている力やつながりを見直していくこと。そのような当たり前のことを見直すこと大切であり、新たなつながりやコミュニティづくりにつながるのだと思いました。
SCOPEのメンバーの方には、お忙しい中、貴重なお話を聞かせていただきました。心より感謝申し上げます。

 

SCOPEについてのお問い合わせは、以下にお願いします。

〒983-0852
宮城県仙台市宮城野区榴丘1-6-3 東口鳳月ビル602
認定NPO法人Switch内 担当 高橋・小野
TEL 022-762-5851 FAX 022-762-5853
Mail info@npo-switch.org
Facebook https://www.facebook.com/miyagi.scope/

 

みやぎこころのデザイン教育実行委員会 scope(Facebookページ)

 


学校メンタルヘルスリテラシー(MHL)教育 取材記

第1回

特定非営利活動法人地域精神保健福祉機構(通称・コンボ)/学校メンタルヘルスリテラシー教育研究会(以下、学校MHL研究会)

》精神保健の専門職による訪問授業で「SOSの大切さ」を伝える

第2回

東京大学大学院教育学研究科健康教育学分野と日本学校精神保健研究会が取り組んでいる「学校MHL教育プログラム開発プロジェクト」

》「アニメ教材を活用した教員による授業」サポートしあえるコミュニティ構築をめざして

第3回

「NPO 法人 こころ・あんしん Light」(以下、こあら)が作成した思春期の子ども向け教材“はーとトンネル”

》友だちと支えあえる関係・場所を育てる