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学校MHL教育3─友だちと支えあえる関係・場所を育てる

学校MHL教育3─友だちと支えあえる関係・場所を育てる
2017年10月25日 pulusu

取材記⑤ -by Suzuki Yo & pulusualuha


学校メンタルヘルスリテラシー教育(以下、学校MHL教育)は、こころの不調や精神疾患についての知識を得ることで、病気を予防したり、自分のこころの不調に気づいてまわりの大人や友達、専門相談機関などに相談できる力をつけていくことをめざす教育です。日本でも少しずつ、さまざまな団体によって取り組まれています。

 

第1回は、コンボ(特定非営利活動法人地域精神保健福祉機構)/学校メンタルヘルスリテラシー教育研究会の取り組みを紹介しました。
》精神保健の専門職による訪問授業で「SOSの大切さ」を伝える

第2回は、東京大学大学院教育学研究科健康教育学分野と日本学校精神保健研究会が取り組んでいる「学校MHL教育プログラム開発プロジェクト」について紹介しました。
》「アニメ教材を活用した教員による授業」サポートしあえるコミュニティ構築をめざして

 

今回は、兵庫県尼崎市の「NPO 法人 こころ・あんしん Light」(以下、こあら)が作成した思春期の子ども向け教材“はーとトンネル”をご紹介します。当事者の声を取り入れ、友達との支えあいの視点を中心につくられているのが特徴です。こあら理事長でスクールソーシャルワーカーの久下明美さんにお話を伺いました。


 

若い当事者・家族がつくったプログラム

 

“こあら”は、こころの不調や病気をかかえる子どもの家族と支援者の会で、2009年に設立されました。会員は、小学生から25歳くらいまでの子どもの親が中心で約60人。家族同士の語り合いや情報交換、相談活動を通じて支えあう場をつくると同時に、学校や地域に向けた啓発活動を行っています。
そして、2012年から教育・福祉・医療関係者とともに思春期のための精神保健福祉教育の教材“はーとトンネル”を作成し、高校生や大学生を対象に出張して授業を行っています。教師向けの研修会も、教育委員会等を通じて行っています。
子どもたちの生きる場である学校が、仲間と支えあえる場となるように。こころに不調をかかえた子どもにとって安心して成長できる場になるように──。そんな強い思いが込められています。

 

ワークや体験をとおして、感じ方は、人それぞれであることを伝える

 

“はーとトンネル”は、以下の内容で構成されています。
教材は、ワークシートを含めた12ページのシートで、オリジナルのクリアケースに入れられています。

 

表 はーとトンネルの内容


  1. こころのダメージ ~みんなのこころ、どう感じる?~
  2. こころの不調・病気をかかえるAくんに話を聞いてみましょう
    「Aくんのはーとトンネル」「Bさんのはーとトンネル」
    (DVD・ロードマップ)
  3. 不調の友達への言葉かけを考えてみよう
  4. どんな言葉をかけてほしいの? どう接してほしいの?
    うれしい言葉・うれしいこと つらい言葉・つらいこと
  5. ベネフィット・ファインディング(病気が教えてくれたこと)
  6. こころの病気って、どんなものがあるの?
  7. ハートフルメッセージ
  8. 心がしんどくて困った時は… (相談機関、情報サイト等の情報)

ワークで考える「こころのダメージ」(表の1)

 

はじめに、こころがダメージを受けると、心身がどういう状態になるのかを、グループワークで考えます。「だるい」「ミスが増える」「自分を否定する」「眠れない」「食欲がない」など、こころとからだの状態が書かれた20種類のカードを、ダメージの大きさを考え、話し合いながら机に並べます。この作業をしながら、こころの不調のサインにどのようなものがあるかを理解します。誰もが経験するような不調が多いこと、また「人の目が気になる」ことをつらく感じる人もいればそれほど感じない人がいるなど、しんどさの感覚は人それぞれで違うことも実感していきます。

 

当事者の語りを聞き、道のりを感じる――DVDとロードマップで(表の2)

 

次に、実際にこころの不調・病を体験したAくんへのインタビューをDVDで視聴します。
不調を感じ始めたときに経験した不安、不眠。漠然とした不安が恐怖に変わりコントロールできなくなっていったこと。入院中の医師とのかかわり。病気になっても友達が普通に接してくれて安心でき、「生きていていいんだ」と前向きな気持ちになれたこと…。
「治療は続き、時々つらいこともあるけれど、病気を経験したことで支えてくれる人の存在ややさしさを感じることができ、よかったと思っている」という気持ちが、率直に語られます。
また、イラストのロードマップでも、不調の始まりから回復へのプロセスをわかりやすく伝えています(図1…ページの最後に掲載)。

 

かけられてうれしい言葉・つらい言葉を考える(表の3,4)

 

次に、「こころの不調をかかえた友達に、どんな言葉をかけたらよいのか」「どんな接し方をしたらよいのか」を具体的に考えます。自分が不調になったときのことを想像しながら、ワークシートに「うれしい言葉(ふわふわ言葉)」「つらい言葉(チクチク言葉)」を書き込んでいきます。

 

うれしい言葉やできごと、つらいことには、実際にこころの不調を経験した当事者の言葉が並びます。「無理するなよ」「待ってるよ」「不調になってもあなたのことは好きだから友達だよ」「不調を理解してくれたうえで、そっとしておいてくれる。でもたまーには声をかけてほしい」(図2…ページの最後に掲載)
つらいこととしては、「気を使われ過ぎる」「“かわいそう”という目で見られる」などがあげられています。(図3…ページの最後に掲載)

 

ここで大切にしているのは、正解は1つではないということ。冒頭の「こころのダメージ」と同じく、どう感じるかは人によって感じ方はさまざまであり、状況や声かけのトーンによっても、違うからです。たとえば、「大丈夫?」という言葉を、あえてうれしい言葉とつらい言葉のどちらにも例示。子どもたちが考えるきっかけをもてるようにしています。

 

病気になった体験の深さを伝える(表の5,6,7,8)

 

次に、「ベネフィット・ファインディング」(病気が教えてくれたこと)という言葉を紹介。支えてくれる人がいることで病気になった体験を肯定的にとらえることができ、前へ進むことができたAくんの体験を振り返ります。そして、思春期・青年期に発症しやすいこころの病気をコンパクトに説明。きちんと対処できる病であることを伝え、誤解や過度の不安を取り除きます。

 

最後は、教材制作にかかわった当事者や家族、医療・教育関係者からのハートフルメッセージ。
「自分がダメだと思えて仕方ない時、『一人でがんばらなきゃ』と思いすぎないでね。まったく人に頼らず生きている人はいない。『つらい』『助けて』って言ってほしいよ」(家族の言葉)…
「1人じゃない」「自分を責めなくていい」「弱さを出してもいい」。いま、しんどい思いをしている子どもたちに向けた、数々のメッセージが並びます。
そして、クリアケースの裏面には、相談できる専門機関の電話番号が記されています。

 

予防・早期発見だけでなく、リカバリーの力を伝えたい

 

“はーとトンネル”誕生の原動力は、“こあら”に集う親たちの強い願いでした。
「わが子がこころの不調になったとき、親はそれに気づかず叱ったり、努力を強いることばかり言いがちです。子どもは自己否定に苦しみます。そして、不安だらけで受診し、病気の診断が出ると“将来が閉ざされた”とショックを受けます。こころの病気のことを知っていたらもっと早く病気に気づき、子どもを責めずに前向きな気持ちになれたのでは……。
このような経験をほかの親子がしないように、思春期の子どもや親、先生方に、こころの不調や病気のことを知ってほしかったのです」と久下さんは語ります。

 

また、学校や友だちの支えあいを大きな柱にした理由を、久下さんは次のように振り返ります。
「学校は子どもにとっての社会。友達と一緒にすごし、将来の自立に向けて多くのことを経験して学ぶ場です。登校できないことは、子どもの“いま”と“将来”にとって大きな損失。病気のダメージに加えて、さらなるダメージを与えます。十分な休息をとったあと、学校に戻れる場所があるかどうか。先生や友達の理解がその鍵を握っていると思いました」

 

当初は、予防や早期発見のための正しい知識の提供を中心にした教材づくりを考えました。しかし、それだけでは不調をかかえた人への否定につながりかねないのではないかと考えるようになりました。
そして、「病気はかかえているけれども、“かかえていることで自分らしく生きていける”、そんな世の中になったほうがええやん! “病気になったからおしまい”ということではなく、病気になっても豊かに暮らしていくことができる社会にしていこう」と確認し、ベネフィット・ファインディングやリカバリー(病気をかかえながらも、自分らしく前向きに生きること)の視点も随所に盛り込んでいきました。

 

「症状やしんどさがあったり、自分はもうダメなのではないかと思っても、大丈夫と言ってくれたり以前と同じようにつきあってくれたりする関係があれば、やっていけることがあります。そのようななかで、病気をしたことの意味を前向きにとらえることができるようになる――。それが回復・成長であり、未来につながることを伝えたいと思いました」。

 

このように、実際の経験をふまえた回復・成長の視点が伝えられるから、こころの不調や病気になった友達を「対等な関係」としてとらえることができるのだと感じます。

 

手ごたえと課題――時間の確保が欠かせない

 

授業のあと、「こころの不調や病気に対するイメージが変わった」と感想を聞かせてくれる生徒は、少なくありません。しかし、学校は多忙なため、多くの場合、授業が実施できても、1コマ(約50分)しかとれません。
「ワークでじっくり考えられないと、こころの不調や病気を身近なこととして感じられず、“自分は大丈夫な側で、友達にこう対応してあげる”という理解にとどまってしまうというおそれがあります。とはいえ、言葉かけの話し合いに時間をかけると、ベネフィット・ファインディングや病気の説明が駆け足になってしまう。とても時間が足りません」と久下さん。また、「ゲストティーチャーが行う授業は印象に残りやすいという利点もありますが、それだけでは限界があります。やはり教師がきちんと理解し、普段の学校生活のいろいろな場面で少しずつ浸透させてくれるようなあり方が望ましいと思います」と指摘します。

 

一昨年からは教師の理解を広げるために、教育委員会主催の教員向け研修会で、“はーとトンネル”を使った研修を始めています。時間はかかるかもしれませんが、着実に取り組みを積み重ねています。

 

おわりに――安心できる学校・社会へ

 

“こころ・あんしんlight”の名前の由来となったのは、ある当事者の言葉です。
「こころが不調になったときは、真っ暗なトンネルに入ったみたいだった。でも、まわりの人が一緒にいてくれることを感じることができ、暗闇の中でも安心できた。安心できたら、トンネルの先に光(light)が見え、そこに向かって歩き出したいと思えるようになった」

 

“はーとトンネル”という名前にも、同じ思いが込められています。
暗闇の中でも支えがあれば、希望がもてる。トンネルは行き止まりではなく、くぐりぬけたら、新しい世界につながっている――そんなイメージをもって名前がつけられたそうです。

 

取材の最後に、この言葉を聞いて、安心できる関係や場所の大切さが、改めて胸に迫ってきました。
こころの病気をもつ・もたないにかかわらず、いま子どもたちは、それぞれしんどさをかかえていると思います。
学校が、仲間のさまざまな経験や気持ちを分かちあいながら安心して育ちあい、希望をもって自分らしく成長していける場になっていくために――。“こあら”は、こころの健康を切り口に、この大きな課題に真正面から挑戦しています。

 

久下明美さんには、お忙しい中、貴重なお話を聞かせていただきました。心より感謝申し上げます。


“はーとトンネル”についてのお問い合わせは、以下にお願いします。

e-mail:ansin.light.koala★gmail.com ★→@
特定非営利活動法人こころ・あんしんLight

》第 11 回精神障害者自立支援活動賞(リリー賞) 支援者部門を受賞されたときの紹介記事

※記事の最後にホームページのアドレスが掲載されていますが、サービス終了に伴い、現在リニューアル中です。新サイトの公開まで今しばらくお待ちください。

 

図1 Aくんのはーとトンネル

図2

図3

このサイトの教材作成にあたって、NPO法人ぷるすあるはは、平成28年度子どもゆめ基金(独立行政法人国立青少年教育振興機構)の助成金の交付を受けいます