病気と子育て子どもの生活─声をきいてください
取材記③─by Suzuki Yo & pulusualuha
①精神障がいをかかえる親同士で支えあう場が子育ての希望に―多摩在宅支援センター円のPCG事業から【前・後編】
②アルコール依存症患者の子どもをサポートする取り組み─成増厚生病院・東京アルコール医療総合センター【前・後編】
③安心して語り、自分を大切にできる場をつくるー統合失調症の親をもつ子向けの広場「ひとりやないで!」の活動から
精神疾患の親をもつ子どもの中には、「自分の家庭が特別」「親のことを話してはいけない」「親が変わってしまったのは自分のせいかもしれない」と感じたり、家族の生活を守ることに一生懸命で、周囲に悩みをうちあけることができないまま大人になる人も多くいます。また、混乱した親の症状に巻き込まれて怖さを感じたり、いかりや恥ずかしさなどさまざまな気持ちを感じることもあります。そのようななか、少しずつですが、子どもの会の活動や自分の経験を発信する機会も広がってきました。
2013年から活動をしている「ひとりやないで!」は、統合失調症の親と向き合う「子向け」の集まり。
子どもの立場から、いままでのつらい経験や直面している悩みを安心してうちあけたり、情報交換ができる場です。今回は「ひとりやないで」代表(ファシリテーター・精神保健福祉士)の加藤枝里さん(もみこさん)と、スタッフや参加者の方にお話をうかがいました。
若い世代を対象に―家族会と懇親会を開催
「ひとりやないで!~統合失調症の親を持つ子向けの広場~」は、加藤さんとishieriさん、ぬーさんの3人の女性がボランティアスタッフとして運営しています。毎月、10~30代の方を中心に、関東近辺で「家族会」と「懇親会」を、交互に開催しています。
家族会は、駅近くの貸会議室で、親とのかかわり方や社会資源の利用など、日ごろ人には話せない悩みを共有します。
一方、懇親会*は、鎌倉に遊びに行ったり、ビールパーティをしたり、施設の見学会で情報を得たりと、フランクな雰囲気で交流を深めています。
常連の参加者が増えたこともあり、普段から気軽に誘い合える関係をつくっていけるようにと、今年から始めました。
ホームページでは、家族会・懇親会の案内や報告、スタッフが日々感じていることを発信。カフェや雑貨店のおしゃれな写真、旅行の話題も豊富で、若い世代に向けた前向きなメッセージがたくさん詰まっています。このホームページを見て、毎回、新たなメンバーが集ってきます。
*懇親会は、家族会に参加した経験がある方が参加できます。
家族会の様子から―安心して語ることができ、自分を大事にできる場所
ある土曜日の午前中に行われた家族会に、お邪魔しました。
Aさんは、はなれて暮らす統合失調症のお母さんに、どう受診をうながしたらよいのか、訪問看護などの社会資源をどう使ったらよいのかなど、切実な悩みを語ります。
スタッフと参加者は、それぞれ自分の経験を振り返ってアドバイスしたり、母さんの状況やかかわり方をユーモアや笑いを交えて話したり……。
同じ経験者同士だからこそ、お互いにわかりあえる安心感の中で話が進んでいきます。
話を聞けば聞くほど、Aさんがいままで病気のことを誰にも言えないまま、自分よりお母さんのことを心配し、一人で奔走してきたことが伝わってきます。
「ここまで一人でがんばって、社会資源を入れる手はずを整えてきたんですね…。大丈夫ですよ。お母さんもがんばっているし、きっとまわりの方が支えてくれますよ。だから、一人で抱え込まないで、もっと自分を大切にしてほしい」
スタッフishieriさんの言葉に、Aさんの表情が、ふっとやわらいでいきます。
家族会のあとは、カフェランチへ。親の病気の「あるある話」、統合失調症の正しい理解を社会に発信していきたいという思い、お互いの仕事の話、将来チャレンジしたいこと、実現したい夢…。たくさんのお客さんがにぎわうおしゃれなカフェで、みんなの話は途切れることなく続いていきます。
「ひとりやないで!」立ち上げのきっかけ―なぜ同じ立場の人と出会わないのだろう?
「ひとりやないで!」代表・加藤さんは、お母さんが統合失調症で、幼少の頃からお母さんのケアや家事で忙しい毎日を送ってきました。中学3年のとき、高校受験のタイミングでお母さんが入院し、現在も長期入院しています。
大学生になって、病院に面会に行くようになり、「なぜ自分と同じ“子ども”の立場の人と出会わないのだろう? 親が病気だと言えないまま過ごしている人が多いのでは?」と感じることがありました。
ちょうどそのころ、高校時代の友人“ぬーさん”から「お母さんが統合失調症になった」と相談を受け、その数か月後にぬーさんの大学の友人( ishieriさん)もお母さんが統合失調症なのだと聞き、同じ境遇の人たちがいることを実感しました。
会の立ち上げを決意したのは、就職活動の時でした。マスコミ関係の会社の就職試験で、ある面接官に「あなたにも病気が遺伝している可能性はないのか?」などさまざまなことを聞かれました。結果は不合格でした。マスコミ関係者にも偏見があふれていること、就職も左右されることを実感しました。
「統合失調症への理解が浸透していれば、就職の時に理解を得られないということはない。同じ立場の人に、自分と同じような悔しい思いをしてほしくない!」という思いから、大学4年(2013年)の秋に、ぬーさん、ishieriさんに呼びかけて、「ひとりやないで!」を立ち上げました。
安心できる場・勇気を与えてくれる場・自分と自分の家族を許せる場
参加者にとって、「ひとりやないで!」(以下、会)はどんな場所なのでしょうか。
Bさんは、小さいころからお母さんが何らかの精神の病であることを知っていましたが、病名までは知りませんでした。1年前、立ち読みした雑誌がきっかけでお母さんが統合失調症だと知り、統合失調症のことや子どもの立場のことを調べるなかで、インターネットで会の存在を知りました。
Bさんは、統合失調症だと知るまでの約20年間、お母さんのことを「ただ性格が変わっている人」と思っていて、なかなか尊重できなかったそうです。そして、会に出会ったいま、Bさんはお母さんの病気をオープンにし、お母さんのことや統合失調症の人のことを知ってほしいと、さまざまな場で発信しています。
Bさんは、会のことをこう語ります。
*
安心できる場
いままでは母の病気をオープンにしていなかったこともあり、同じ境遇の人に出会わずにきました。やさしくしてくれる人はいても、理解してくれる人はいないと思っていたし、同情してもらっても孤独が消えることはないと思っていました。だから参加者の話を聞いて心から安心できました。
勇気を与えてくれる場
いままで、うまくいかないことがあったとき、無意識に親や家族のせいにしていたところがあります。普通の家じゃなかったから普通になりきれなくて仕方ないと思ったことは何度もありました。仕事でミスをして私は社会適応性がないんじゃないかと落ち込んだ時もそうでしたし、理想の恋愛ができないと思った時もそうでした。
同じ境遇で生きてきたスタッフのもつ雰囲気が、とてもポジティブで、勇気をもらっています。加藤さんはご結婚されていますが、「私だってそうなれる」と強く思えるようになりました。
自分と自分の家族を許せる場
会に参加してみなさんの話を聞く中で、病気をより理解できてきています。病気を理解することは、母親そのもの(病気以外の)を理解することでもあり、母親にポジティブな感情を感じられるのが幸せだと、参加のたびに思います。
昔からずっと母親が嫌いで、「きっと母親の葬式でも泣けないひどい人間なんだ」と思ってきました。そこが自己肯定感を下げる最大の要因になってきたように思います。会との出会いが、家族を含めて、自分の人生すべてを肯定できはじめた感じがしています。
*
どんな気持ちでも参加できる
最近、子どもの立場の会が増えてきましたが、会によってさまざまな個性や特徴があります。
「ひとりやないで!」の参加者の方からは、「終わった後のスッキリ感が大きく、ポジティブな気持ちで帰れる」という声がよく聞かれるそうです。
「仲間と話すようになる中で、親との関係でしんどいことや、つらかった自分の体験が、だんだん笑えるようになってくるんです。私自身、そういう考え方の転換ができるんだと気づき、もっと軽く考えていいんだと思えるようになりました。いまは、自分の話はなるべく重くならないように話していますね。スタッフもユーモアたっぷりに話してくれるんです」と加藤さん。
中学時代にあるダンスボーカルユニットのライブに行き、全国に友達ができて視野を広げたりするなかで、自分自身の生活の大切さを知ることができたことも、大きく影響しているのかもしれません。
とはいえ、いまもお母さんとの関係やお母さんの今後のことなど、悩みや葛藤はたくさんあります。本当につらいときは、ずっと一緒にやってきたスタッフにさえも、具体的なことは話せないときがあります。
無理に話さなくてもいいし、思いっきり泣いてもいい。だから、つらいことを笑いとばすこともできる。どんな気持ちでも参加できるし、安心して「行きつ戻りつ」できる場なのだと感じました。
まわりを頼る勇気をもって!
子どもの立場の方が語れる場に出会えるために、どのような課題があるのでしょうか。加藤さんに聞きました。
「子どもの立場でも、成人や小・中・高校生など、さまざまですが、自分に合う場所と出会うことが大事です。そのためには、各世代のニーズに合わせた場など、いろんな種類の居場所ができるといいと思います」
「本当に居場所を求めているのは、親が病気だと気づいていない小・中・高校生だと思います。学校にスクールカウンセラーが導入されていますが、精神疾患への知識や、実情への気づきまでには至っていません。やはり教師など大人の理解が必要だと思います」
一方で、居場所があったとしても、どうしても一歩踏み出すことに躊躇してしまう方もたくさんいます。そのような方へのメッセージを聞きました。
「本当に勇気のいることだと思いますが、助けを求めたり、頼ったりできるようになったら、もっと楽になると思います。私自身も支援者の側になってから、いろんなサービスが利用できることを知りました。そうしたサービスを使えば、自分の生活も大事にできるし、結婚や恋愛にも目を向けられるようになってくると思います。
今でなくてもいい。自分がそう思えるタイミングでいいから、ぜひまわりを頼る勇気をもってほしいです。」
統合失調症の親のことを、普通に語れる未来へ
統合失調症に対する社会の無理解や偏見は根強く、病気であることを表に出しにくいのが現状です。
加藤さんは、「ひとりやないで!」が必要でなくなる社会になることが、将来の理想だと語ります。
「同じ立場の人と居酒屋で親のことを普通に話したときに、こんなに楽しくて楽なんだな、これが理想だなと思いました。今年から懇親会を始めたのは、そんな社会になってほしいという思いが根底にあるからなんです。わざわざ会を立ち上げなくても、自然に誘いあって、ファミレスや居酒屋で家族のことを話せるようになることが、社会が変わるということだと思うんです」
家族会の後のカフェで語り合うみなさんの姿に、「ひとりやないで!」がこの5年間で、その理想を着実に実現してきているのだと痛感しました。
「ひとりやないで!」の加藤さんをはじめ、スタッフ、参加者の方には、お忙しい中、貴重なお話を聞かせていただきました。改めてお礼を申し上げます。
上)ひとりやないで! スタッフのみなさん
加藤さん(もみこさん・中央)、ishieriさん(左)、
下)昨年8月に行ったビアパーティー