ゆるゆる子育てを担当している公認心理師・臨床心理士おがてぃが、子育ての相談に回答するコーナーです。
質問タイトル: 認知の歪み(ゆがみ)
年れい: 高校生
質問内容
発達凸凹があり中学不登校もありました
抑うつ状態や昼夜逆転などもありましたが4月から通信高校に通うことになりました。
不登校中に認知の歪みが酷くなってしまったように思います。0か100などというのでしょうか?
注意されたら嫌だ、バカにされたと思います。うるさい黙れ死ぬ死ねなどの言葉が飛んでくることもあります。
思春期で難しい時期でもあるのですが人付き合いの面で本人がしんどい…
機嫌の良い時を見計らって説明してもなかなか難しいです。
認知の歪みを治していくにはどうすればいいか教えて下さい
おがてぃの回答
メールをいただきありがとうございます。
メールの文面を読んでいて、物事を被害的に受け取ってしまったり、不安が高まり過ぎてしまったりすることがあるのかなぁと思いました。こういう傾向があると、話をするときもついついネガティブな発言が多くなって、それを聞いている家族はとても心配になりますよね。だからつい良かれと思って「こういう考え方もあるんじゃない?」と別の見方を伝えるのですが、それがなかなか伝わらないことが多いのです。
これはなぜかというと、ひとつは思春期という年齢的なこともあって、親御さんのいうことに素直に従いたくない、という心の動きがあることが多いからです。もうひとつは発達の特性として、別の考え方もあるということがなかなか理解しにくい場合です。発達凸凹の子の場合、相手の視点に立って物事を考えることが苦手な子が多いので、他の人の考えや思うことがなかなかわかりにくいということがあります。そして、最後に挙げられるのが自分の考え方がネガティブになっているということに気づけないという場合です。
僕は公認心理師なので、時々『認知行動療法』と呼ばれるような、物事の捉え方、時に被害的だったり、自己卑下的なだったりするような、自分で自分を苦しめてしまうような考え方を一緒に変えていくような関わりをします。
そのためには本人と「自分自身の考え方が自分を苦しめている」ということを共有し、その考え方が本当に妥当かどうかを一緒に検討していくのですが、それにはある程度『自分で自分の考えを振り返る』という作業ができることが必須になります。
これがなかなか難しく、思春期の子の場合だと自分の考え自体が揺らいで安定していなかったり、感情が強過ぎて振り返ることが難しかったり、具合が悪過ぎて振り返ること自体が負担になったりすると、その作業ができなくなります。
また、家族がそれをしようとするとどうしても本人の考えを変えようという気持ちが強くなって、「お前の考えは間違っている」と言われたとそれこそネガディブに受け取りやすく、冷静に振り返ることが難しくなることが多いのです。
では、どのようにこういった考え方を扱っていくかというと、僕の場合はまずは行動の面から扱っていくことが多いです。
具体的にいうと、本人が日々の生活の中でできていること、ちょっとか頑張ればできることを取り上げていき「自分もやればできるんだ」「自分も案外がんばってるんだ」という気持ちを高めていくことが大事になってきます。
そのため「最近朝起きられてるね」「学校頑張って行けてるね」「友達と話したんだぁ」などできていることをフィードバックするような声かけができると良いかと思います。
ただその場合でも「学校行けてるだけじゃダメなんだよ!」など言ってくることもあります。先ほど書いたように家族の声掛けはなかなか入りにくいからです。でも、そう言ったときにはあまり深掘りせずにゆるゆると「そっかぁ」と答えるに留めておけると良いかと思います。
もし本人が対人関係で悩み、相談が必要というなら、なるべく学校の先生や相談室の先生を利用を促していく方が良いと思っています。家族が介入しようとしても思春期という年齢の影響もあって、本人から八つ当たりのように不満を言われ、なかなか家族で解決まで持っていくのが難しい場合が僕の経験では多かったからです。本人から相談してきた場合は応じても良いのですが、こちらからはあまり触れないようにしていけると良いかと思います。
また本人が学校で注意を受けた場合ですが、別の意図があったのではないかと家族が思い、それを伝えても素直に受け取ってもらえないことがあるかと思います。それを無理に納得してもらおうとしても難しいので、むしろそのことが気になるのであれば、誰か第三者に相談してみるよう促していく方が良いかと思います。
対人関係は「出会い」が重要となります。
なので、現在通っている通信制高校でもなかなか友達ができないということはありえます。でも、だからといって、一生友達ができないということではありません。
むしろ、本人が日々の生活をゆるゆると楽しんだり、安心して過ごせるようになっていけば、自然と信頼できる人も増えてくるのではないかなと思います。否定的に捉えてしまうのも無理はないと思いつつ、日々が楽しくなるようどう生活していったら良いかを一緒に考えていけると良いかなぁと思いました。