動画「親が精神障害 子どもはどうしてんの?」の解説ページです。
担当 たのなか先生 更新日 2022年9月
目次
1.精神疾患・障害をもつ人、その子どもの数
2.精神疾患をもつ親と暮らす子どもの経験とサポート
3.海外での取り組み、日本での最近の取り組み
NEWS
たのなか先生訳『悲しいけど、青空の日』(サウザンブックス,2020)
ぷるすあるはのオンラインストアでも取り扱っています。youtubeでダイジェスト版が見られます。
》ストアへ
》youtubeへ
*
「子ども虐待に関する文献研究 親の精神疾患と子どもの育ち」
子どもの虹情報研修センター2020年度研究・研究代表者:長沼 葉月(たのなか先生、ぷるすあるはも協力)
精神疾患のある親と暮らす子どもは、その年齢に応じて様々な困難に直面すること、親の精神疾患について子どもの状況に応じて対話を重ねることの重要性が示されました。また。親と子の生活を支えるサービスと、子どもが自分のための時間を過ごせる居場所の必要性が示唆されました。
》子どもの虹情報センターのページへ
1. 精神疾患・障害をもつ人、その子どもの数
精神疾患には、うつ病や統合失調症、アルコール依存症、パニック障害など、ざまざまな病気が含まれます。
患者数は毎年増え、2017年は419万人1)、国民1億2千万人とすると約30人に1人がこころの病気にかかっています。この数は、病院に受診した人だけなので、受診していない人も含めると、もっと多いでしょう。
また、精神疾患患者の約9割が通院しながら日常生活を送っています1)。一緒に暮らす家族や子どもも少なくないと予想されます。
日本で精神疾患の親をもつ子どもの数は調査されていませんが、海外では次のような報告があります。
精神疾患の親をもつ子どもの割合
イギリス 5~15歳の子どもの4人に1人2)
オーストラリア 子どもの23.3%3)
ドイツ 子どもの13~19%4)
2. 精神疾患をもつ親と暮らす子どもの経験とサポート
子どもの経験について、国内外の調査からわかった一例を挙げます。
すべての子どもが生きづらくなるわけではありません。
子どもの経験(例)5)
・親の病気について説明されないことによる不安
・親の症状[しょうじょう]への巻きこまれとトラウマ
・世話をされない生活
・心許せる友達や大人がいない
・周囲の人の理解がない、だれからも支えられない、他
そして、サポートになること。
これらについて、くわしく説明します。
[1] 親のこころの病気について、誰がどこまで子どもに説明しているでしょうか?
→親の病気による生活への影響、付き合い方を知り、困りごとを相談できる
大人は、医師から病気について説明されているかもしれません。しかし、子どもは理解できるまで説明をうけていないことがあります。精神疾患の親をもつ子どもの6割以上が説明をうけていない6)との報告もあります。子どもは大人が話題にしないことは、聞いてはいけないことと思い、一人で不安な気持ちをふくらませたり、自分のせいで親がしんどくなってしまったと思うことが少なくありません。その結果、心が不安定になる子どももいます。
子どもにも、親の病名だけでなく、病気からおこる症状や生活への影響について、子どもの疑問や感じていることを確認しながら話していくこと、今の症状は子どもや親のせいではなく、病気によるものだということを伝えることが大切です。そして、子どもは自分の気持ちを誰に話していいか、困った時に誰に相談していいかも一緒に考えていきましょう。
家族のなかでは、病気の親が中心になりがちです。子どもは、家族からの自分への関心や愛情がとても少ないと感じることがあります7)。一方、子どもは自分の気持ちを話したくない、自分でなんとかしたいといった態度をとることもあります。しかし、子どもが病気や自分の気持ちについて人に話すことは、大人が子どもにも関心を向け、課題解決にむけて一緒に考えることになります。そして、子ども自身が大人からの愛情を感じることにもつながります。子どもの様子に寄りそいながら、時間をかけて関わることも大切です。
[2] 世話をしてくれる親が病気になると、子どもの生活はどうなるでしょうか?
→安心して生活できるようにサポートする
子どもが衣食住について自分で行える年齢になっておらず、大人からの世話も不十分だと、食事や成長に合わせた衣類の用意、学校に必要なものをそろえたり、家やお金の管理もできず、子どもの生活は厳しいものになります。さらに、そのような状況に誰からも気づかれないと、栄養不足になったり、学校で困ったりすることもあります。
また、親が病気になると、経済的にとても厳しくなることがあります。たとえ両親がそろっていても、病気や様々な理由から収入が少なく、日々の生活に困っている子どももいます。
まわりの大人が子どもの生活も気にかけ、まずは不足していること、例えば食事や学校の用意、学習のサポートなど、できることは助ける、そして生活を継続的に支えていくために、スクールカウンセラーや保健所、市町村の相談窓口(障害福祉担当)、児童相談所等につなげて、支援をうける必要があります。
生活の世話は幼い子どもや小学生だけでなく、中学生以降も必要です。それぞれの年代や状況によって困っていることも変化していきます。それぞれの子どもにまわりの大人が気にかけ、必要なサポートにつなげていくことも大切です。
[3] 親の病状がよくないと、子どもの遊ぶ時間や学校生活はどうなるでしょうか?
→子ども自身の時間をもてるようサポートする
親の病状から落ち着いた生活が送れず、また、親のことを心配して、子どもが学校に遅刻や欠席をしたり、勉強が手につかなくなる場合があります。また、遊びに没頭したり、友達と過ごしたり、リラックスできる時間がとても少なくなることもあります。そのため、子ども自身の気持ちが重くなったり、友達から孤立することもあります。
「親をおいて、遊んだり、友達とすごすことは悪いことしているみたい」、そんな風に感じる子どももいます。大人でも、病気の家族とずっと一緒に過ごすことは辛いことです。さらに子どもは成長過程にあるため、学校生活を送ったり、友達と過ごしたりする時間はそれらはとても大切な時間です。親が例えば、足の骨を折った場合に、子どもにずっと家にいるようにのぞむ人はいるでしょうか。親が精神疾患になっても、子どもが子どもらしくすごせる、楽しい時間をつくれるように、まわりの大人が配慮していくことも大切です。そのことが健康な心と身体を育むことにもつながります。
最近はヤングケアラー(慢性的な病気や障がいのある家族をケアしている18歳未満の子ども8))についても関心が高まっています。
ケアを担うことで多くのことを学ぶこともありますが、ケアを担う期間が長期にわたる場合は、「自らの心身の発達や人間関係、勉強にも大きな影響をうけることがある」9)とされています。子どもから、自分の時間をもてないことによるしんどさを説明し助けを求めることは難しいです。
一方、周囲の大人、例えば学校の先生や親を支援する保健医療福祉の専門職は、子どもの家庭生活まで関わる余裕はないかもしれません。しかし、誰かが子どもの生活を気にかけ、関係機関につなげたり、連携するなかで、子どもが子ども自身の時間をもてるようにすることが必要です。
3. 海外での取り組み、日本での最近の取り組み
海外では、1930年代から「精神障がいの親をもつ子ども」についての研究や支援が進められています。今後、日本での支援を進めていく上で参考になるため、海外の活動の一部をご紹介します。
[1] 子どもが精神疾患について理解し、家族と気持ちを話せるようにサポート
海外では、子どもに精神疾患に関して理解できるように、様々なパンフレットや絵本等が制作されています。また、インターネットでも研究結果に基づいた情報を分かりやすく説明し10)、子ども達に「ひとりじゃないよ」というメッセージを様々な媒体を通して発信しています。
情報提供だけでなく、子どもが不安に思っていること、わからないことを聞くことも大切です。子どもの気持ちを聞き、一緒に困っていることの解決策を考え、場合によっては、専門の医師や精神保健スタッフに相談することもあります。イギリスやドイツでは、家族で病気や普段の生活で困っていること、どのように対応していったらよいか話しあえるように、精神保健福祉のスタッフが支援するプログラムがあります11)。
※日本でも精神疾患の親と子どもに関する絵本が出版され、家族面談を行うメリデン版訪問家族支援の導入も始まっています12)。多くの子どもが、精神疾患やそこからおこる状況、困ったときの相談先や方法がわかり、少しでも安心して生活できるようなサポートが広がることが期待されます。
(》プルスアルハの絵本の一覧のページへ 》こころに関する絵本棚 》メリデン・ジャパン-ファミリーワークプロジェクト)
子どもだけでなく、病気をもつ本人も病気や子育てに悩み、病気をかかえていない親(本人のパートナー)も生活を支えながら必死に家族を守っているケースが少なくありません。
家族一人ひとり、そして家族全体への支援が進むことで、家族メンバー相互の理解も進み、子どもも生きやすくなります。
[2] 地域のネットワークで支援
ドイツのドゥイスブルクという地域では、市の関係する係、精神科、児童思春期精神科、児童相談所などの関係機関がネットワークをつくり、精神疾患をもつ人に子どもがいたら必ず子どもも支援がうけられるようにしています。こうした活動がドイツで評価され、2013年「ドイツ功労賞」を受賞しています13)。
また、ドイツでは精神疾患の親と子どもを支援する団体や研究機関が100か所以上あり、年に1回、全国支援者協議会を開催し、活動報告や意見交換を行い、よりよい支援を目指しています。
[3] 精神疾患の理解を学校や社会に広げる
精神疾患の親をもつ子どもの数は決して少なくないのですが、子ども自身は「自分だけが特別な家庭で生活している」と思い、問題をかかえこんでいることが多くあります。大人はよく知らない精神疾患について話題にせず、時には理解のない発言をすることもあります。子どもはその様子をみて、話題にしてはいけない病気だと思いがちです。精神疾患への無知や偏見は日本だけではなく、海外でもあります。しかし、海外では積極的に病気を理解するためのキャンペーンやDVD制作などがされています。日本でも、身体の病気と同様に誰でもなるかも知れない、精神疾患について理解することが必要です。
[4]日本での取り組み
研究からわかっていることや海外の取り組みの一部をご紹介しました。日本でも、ここ5、6年で以下のような取り組みが進んでいます。
・子どもの立場の人が経験を発表、本を出版
・子どもの集い、パートナーの集い、本人の集い
・訪問看護やアウトリーチ、子育て支援の中で「精神疾患の親をもつ子ども」を支援
・絵本の出版や心理教育教材の導入
・支援者や教員研修会、一般向けの講演会
・調査研究
・様々なメディアへの取り上げ、等
海外の知見を参考にしながら、支援や研究が進んでいくことが期待されます。
おわりに
精神疾患はだれでもなる身近な病気です。しかし、精神疾患の親をもつ子どもは、困りごとに気づかれず、時には理解不足な言動に傷つきながら、生活していることが少なくありません。子どもだけでなく、周囲の大人や学校の先生も困っている子どもや家族にどのように接したらよいか悩んでいる場合もあります。子どもも大人も支援者も問題をひとりで抱え込まず、いろいろな立場の人とつながりながら一緒に考えていけるとよいなと思います。
この動画から少しでも、精神疾患や患者、その子どもを含む家族について関心をもってくださる方が増え、サポートの輪が広がるように願っています。
佛教大学保健医療技術学部 田野中恭子(たのなか先生)
》動画「親が精神障害 子どもはどうしてんの?」のページへ
参考・引用
1) 厚生労働省:患者調査, 2014.
2)Parker G., Beresford B., Clarke S., et al. : Research Reviews on prevalence, detection and interventions in parental mental health and child welfare:Summary report, 1-8, 2008
3) Mayberry D., Reupert A., et al.:Prevalence of parental mental illness in Australian families, Psychiatric Bulletin, 33, 22-26, 2009
4) Mattejat F., Lenz A., et al.:Kinder psychisch kranker Eltern-Eine Einführung in die Thematik. Kinder mit psychisch klanken Eltern, Vandenhoeck & Ruprecht, Bonn, 2011, 17
5) 田野中恭子, 他: 統合失調症を患う母親と暮らした娘の経験, 佛教大学保健医療技術学部論集, 10, 49-61, 2016
6) 土田幸子:精神障害をもつ親の子ども支援について, 精神看護, 16(5), 54-58, 2013.
7) Familien-Selbsthilfe Psychiatrie(BApk e. V.) und BKK, 田野中恭子訳: lnformationen für Jugendliche, die Psychisch kranke Eltern haben, German, 2009
8) 渋谷智子, ヤングケアラーに対する医療福祉専門職の認識-東京都医療社会事業協会会員へのアンケート調査の分析から-, 社会福祉学, 54(4), 2014
9) 一般社団法人日本ケアラー連盟ヤングケアラープロジェクト, 藤沢市 ケアを担う子ども(ヤングケアラー)についての調査≪教員調査報告書≫, 2017
10)COPMI(The Children of Parents with a Mental Illness)
http://www.copmi.net.au/kids-young-people(2018.10.12閲覧)
11) 田野中恭子, 他, ドイツにおける精神に障害のある親をもつ子どもへの支援-CHIMPS-に焦点をあてて, 佛教大学保健医療技術学部, 9, 71-81,2015
12) 佐藤純, 精神保健医療福祉白書編集委員会 編:心理教育-メリデン版家族支援, 精神保健医療福祉白書2017, 中央法規, 2016, 184
13) 田野中恭子:ドイツにおける精神障害者の親と暮らす子供への行政支援, 第2回日本公衆衛生看護学会学術集会, 244, 2014