13 マイペースはセルフケアなのか?

こんにちは。おがてぃです。ここのところ公私ともに忙(いそが)しくてバタバタしていたのですが、マイペースを見失わないようにしないとなぁと過ごしていたら、思ったよりどうにかなりました。
以前と比べて何が違うのかというと、無理せずにちょっと疲れたなぁと感じるとさっさと休むようになったことです。その結果、体調を崩[くず]すことがだいだい減った気がします。以前は「ここをちょっと頑張れば…」という感じでつい無理をしてしまい、そのツケが後で回ってきて高熱を出したり、インフルエンザや胃腸炎[いちょうえん]になったりしていました。それがなくなったのでほんとにありがたいと感じています。

さて、今回のテーマは「マイペースはセルフケアなのか?」ということについてです。なんでこのテーマになったのかというと、普段[ふだん]支援[しえん]の現場にいると調子を崩している方に対してセルフケアを進めることが多いのですが、その際「マイペースに過ごすってことですか?」と言われたことがきっかけになります。

セルフケアというのは自分で自分のケアをするということで、その際自分のペースで過ごしていることが多いから、そういった意味では間違いではないと思います。ただ、マイペースってセルフケアのことを意味しているだけではないよな…とちょっと考えました。

そもそも人が生きていくうえで、マイペースというのはある意味では根源的[こんげんてき]なことかと思います。赤ちゃんを思い浮かべてもらえるとよいのですが、基本的にはマイペースです。少し育って乳幼児と呼ばれる年代になっても、基本はマイペースであると思います。

それがちょっと変わってくるのが年中・年長さんくらいからで、周りのペースに合わせて動くことを教えられ、それらができることを期待されます。そして小学校に入ると、自分のペースより学校での活動を中心としたペースを意識した活動がどんどん増えます。こう考えると、少しずつ自分のペースから周囲のペース、社会のペースへ徐々にスライドしていっている感じがします。

ただ、ここで大事なのが、社会のペースに合わせたとしても自分のペースを見失わないようにするのが大事であるということです。社会のペースが自分のペースと一致[いっち]している場合は大きな問題はないのですが、あまり社会のペースに合わせ過ぎて自分のペースとズレが生じると、苦しくなってきてだんだんと不調になっていくことが多いからです。 なので社会のペースに合わせつつ、時々は自分のペースを大切にする時間も必要だと思っているのですが…ただ、ここまで考えてきて「逆なのでは?」とふと思いました。

本来、人は自分の人生を歩む権利があり、どのように生きるかはその人自身が決めてよいことです。もちろんいろんな外的要因があるので、なかなか思い通りにはならないことも多いと思うのですが、でも基本的には自分の人生は自分で決めてよいのだと思います。だとすればマイペースであるということは基本的にデフォルト、つまり標準[ひょうじゅん]であり、時々社会のペースに合わせるというくらいが在り様としては自然ではないかと思います。つまり、主従[しゅじゅう]が逆転しているのではないかということです。

そう考えると、マイペースがセルフケアになるというのはなんか違和感[いわかん]があり、そもそもマイペースに過ごすことが通常であれば、セルフケアもそこまで必要な状態にならないのではないかとぼんやり考えました。それは僕が体調を崩すことが減ったのと同じように。

なので、僕にとってマイペースはセルフケアというよりはデフォルトであると考えおり、それが当たり前の世の中になると良いなぁと今は考えています。

心理士おがてぃの勝手にコラム「マイペースに生きる」

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