ようさん新聞(取材記④)
─by Suzuki Yo & pulusualuha
経済的に苦しい家庭で育つ子どもたちが、勉強や社会体験、人とつながるための豊かな機会を得て、将来の可能性を広げていけるように、2015年から「学習・生活支援事業」(以下、学習支援事業)が始まりました。この事業では、子どもたちの生活や学習を、家庭訪問や学習教室などでサポートし、保護者への支援も行います。「生活困窮者自立支援法」*1によって各自治体で取り組むことが求められています。
このような取り組みは、子どもたちにどのような変化をもたらすのでしょうか。
今回は、埼玉県内で学習・生活支援事業の委託を受けて支援に携わっている「彩の国子ども・若者支援ネットワーク」の山浦健二さん(アスポート学習支援事業副統括責任者)に、お話をうかがいました。
自己肯定感・将来のやる気を育てる―事業の概要
「さまざまな困難を抱えている子どもと保護者一人ひとりに寄り添い、明日[あす]への希望を見出す港[ポート]になって、船出を支えて[サポート]いきたい」
2010年、埼玉県では、このような目的から、生活保護世帯を対象に「アスポート学習支援事業」を始めました。2015年からは、「生活困窮者自立支援法」で定められた学習支援事業として位置づけ、支援対象を生活困窮世帯にも拡大しました。
「一般社団法人彩の国子ども・若者支援ネットワーク」(以下、子ども・若者支援ネットワーク)は、開始当初から県の事業を受託し、試行錯誤しながら、生活や学習支援に携わってきました。
子ども・若者支援ネットワークは、現在、23市と23町村(埼玉県が主催)の事業を受託し、家庭訪問と学習教室の運営、さらに就労体験、宿泊体験などの体験活動を行っています。中学生・高校生がいる約2000世帯の家庭訪問を実施。学習教室には約1400人が参加しています。
保護者のなかには、外国にルーツをもち日本語の理解が難しい方、精神疾患があり働けない方、DV被害から逃れ、1人で子育てをしている方など、さまざまな困難をかかえながら、地域に悩みを相談できる人がいなくて孤立せざるをえない方がたくさんいます。
子どもたちは、自分の部屋がなかったり、親の代わりに家事をしなければならないなど、勉強する環境に恵まれていません。子ども・若者支援ネットワークが支援している子どものうち、約8~9割が低学力の問題を抱えています。不登校の子どもは、全中学生平均の6倍にものぼります。
私たちが支援している子どもたちは、とても素直で、自分の置かれている状況を人に知られたくないと思っています。恥ずかしいとか、こんなことを言われたらいじめられる、仲間はずれにされるという気持ちをもって生活している子どもが多いです。そして、認められたり、何かに誘ってもらう経験がなく、どんどん自己肯定感が下がってしまう。そして、将来への希望も、もちにくくなってしまいます。まずは自己肯定感を育て、将来に向けたやる気につなげていく。その「エンジン」を載せていくのが、私たちの役目だと思っています。
山浦さんは取り組みの目的を、こう話します。
では、具体的にどのような支援を行っているのでしょうか。
家庭訪問でSOSが出せない親子の声を聞く―親子関係を修復する支援も
・親と子が向きあえるための支援
子ども・若者支援ネットワークが学習支援事業で大事にしているのは、関係づくりの入り口となる家庭訪問です。教育・福祉の専門知識をもつ支援員が、それぞれの家庭に出向きます。
学習支援事業というと、学習教室をイメージすることが多いと思います。
でも、まず、私たちは“子どもの学習支援”を切り口にして、「助けて」と言えない家庭に出向き、親子が生活や勉強で何に困っているのかを受けとめていきます。
世帯を支援するということが大事だと思っています。
実際に保護者の話を聞くと、「子どもが反抗する」「勉強しない」など、子どもとの関係に関する悩みをたくさん抱えているそうです。そのような親子の関係をつなぐ役割を果たしていきます。
山浦さんが家庭訪問をした中学3年生のA君は「高校には行きたくない。就職する」と言っていました。A君のお母さんは最初、「A君の意思にまかせたい」と話していましたが、「実は自分が高校を中退して苦労したから、本当はA君に高校に行ってほしい」と山浦さんにうちあけました。その話をA君にすると、「お母さんから何も言われないから、関心をもたれていないと思っていた」とのこと。そして、直接、お互いの気持ちを話すなかで、A君はお母さんが自分を大切に思う気持ちを受けとめ、高校進学を決めました。
また、精神疾患のある保護者も多いため、保護者が具合が悪いときには支援員が学校の三者面談に同席したり、学校説明会に同行するなど手厚い支援もしています。その際も、保護者が子どもと向き合うことを支えるような配慮を心がけるそうです。
このような関係を築きながら、学習教室に来てもらえるように、子どもと保護者に働きかけています。
・粘り強く、メッセージを伝え続ける
もちろん簡単に関係がつくれるわけではありません。学習支援事業に同意しない家庭は、約半数に上ります。いままでの経験から、学校の先生や行政の職員に信頼を寄せない保護者や子どももたくさんいるそうです。
具合の悪いときにはお邪魔するのを避けたり、手紙を入れたり、メールで返事をもらうようにしたり…。無理に入り込みすぎないようにしています。関係の構築は難しいですが、中学・高校と6年間ありますから、あきらめずに、声をかけつづけています。
以前、私は児童相談所に勤務し、子どもを虐待する保護者に「虐待していませんか? しないでください」と一方的に“指導”することばかりやっていました。そんなことばかりしていては、虐待は減らないんですよね。保護者に必要なのは、「指導」ではなく「支援」なんです。
学習教室―強制しない、マンツーマンでの支援
子ども・若者支援ネットワークでは、埼玉県内の100近くの学習教室を、それぞれ週1回、開催しています。スタッフは、130人の教員経験者である学習指導員、そして、800人以上の大学生・社会人ボランティアです。
教室に来る子どものなかには、勉強に対して苦手意識をもつ子どもや、勉強する習慣をもてないまま生活せざるをえなかった子ども、勉強ができないことを恥ずかしがる子どもがたくさんいます。だからこそ、子どもに寄り添うことを大事にし、マンツーマンで、その日、子どもがやりたいことを聞いて、一緒に勉強をしていきます。
保護者に宿題を見てもらえず、宿題を提出できない子どもがたくさんいます。宿題を提出できないと、学校に行きづらくなる。宿題が提出できるかどうかは、翌日に学校に行けるかどうかの別れ際なんです。
だから、私たちはまず、宿題を提出することを目標にしています。子どもに「宿題を提出できた」という自信をつけていくことを大切にしています。そして、少しずつわかることが増えてきて、点数が上がっていく。成果を実感することで、勉強への自信をもってほしいと考えています。
保護者とゆっくり話すことができなかったり、社会的なつながりが少ないことから、大人から声をかけてもらえない子どももたくさんいます。だからこそ、マンツーマンで時間と空間を子どもたちと共有することを大事にしているそうです。
2時間、横にいても、ずっとしゃべらない子どももいます。でも、黙っていたとしても、横に座る大人のことを気にかけているんですよね。ただ、必要以上に質問されたくないし、かかわってほしくないと思っているのです。だから、学習教室のスタッフ・ボランティアさんには、「温かく見守る時間が大切だから、子どものために横にいてくれればいい」と伝えています。
自分のために時間を使ってくれる大人がいるーーそのことをまず伝える。それが安心や自信につながっていく。そして、きっかけはわからないけど、心を開くのです。
最初は、勉強への誘いかけを拒否していても、関係ができるにしたがって「この人に言われるなら、やってみようかな」と思う子どももいます。「勉強したくないから高校は行かない」と言っていっている子どもに「高校生になっても、ここに勉強においでよ」と伝え続けていると、少しずつ進学への気持ちをもつようになったり……。こうすればいいという方法はありません。子どもによって、さまざまなアプローチをしています。
社会とつながり、もう一歩、世界が広がる―ボランティア活動、体験活動をとおして
学習支援事業では、社会との接点を増やし、世界を広げることもめざしています。
学習教室は、特別養護老人ホームを借りて行います。教室に通う子どもたちは、働く大人の姿を見る機会に恵まれず、仕事のイメージをもちにくいので、職員とふれあう機会をもってほしいということ。そして、入所者のお年寄りと交流をしてほしいという思いがあるからです。
受付にいる施設職員が、子どもに「こんにちは」「気をつけて帰ってね」「また来てね」と声をかけます。誘ったり誘われたりする体験が少ない子どもたちにとって、自分のことを気にかける大人がいることは、モチベーションの1つになっているのではないかと思います。
教室に来たばかりのときは、うつむくばかりであいさつをしなかった子どもが、このようなかかわりのなかで、言葉で思いを伝えられるようになっていきます。
職業理解セミナーで働く人の話を聞いたり、就労体験の機会もあります。将来、自分がどのような職業につきたいか、希望をもちながら考えられる場になっています。
小学生の段階から、支援を開始―フルスペックのジュニアアスポート事業
学習支援事業の成果をふまえ、2018年から、埼玉県では6市町で小学3~6年生を対象に「ジュニアアスポート事業」を開始しました。この事業を子ども・若者支援ネットワークが受託しています。
教室は、週3日、開催します。学習支援はもちろん、あいさつや歯磨きなどの生活支援、野菜の収穫や職業体験などの体験活動、調理や食事の片づけを通して、「非認知能力(がんばる力)」を育てることも目的としています。アイロンをかけたり食事づくりなど、日常の体験活動を行い、将来にも役立つ力をつけていきます。
子ども食堂やフードバンクも協力しています。どうしてもコンビニのお弁当やインスタント食品に偏ってしまいがちな生活の中で、旬の食材を使った食事を味わうことができます。
送迎は支援員が行います。遠方の子どもたちも通うことができ、保護者とのコミュニケーションもこまめにとることができます。
子どもが中学生になると、親も子育てに疲れてしまっているんです。親と子どもとの関係も、悪くなっています。また、学力差も小学校4年生ぐらいで大きく開いてしまう傾向にあります。
でも、小学生の時は勉強に対して苦手意識もあまりなく、保護者も元気なんですよね。その前の段階で、つながることができるのは、とても大きいと思っています。
学生や市民も、いっしょに一歩をふみだす
今回、山浦さんのお話を聞き、大学生ボランティア、社会人ボランティアが学習支援事業の大きな役割を担っていることに、取り組みの広がりを感じました。
たくさんの学生が参加する理由の1つは、学習支援ボランティアの活動を、授業の一環として位置付け、単位として認める大学があること。そして、代表理事や山浦さんが、ゲスト講師として1コマの講義を行い、学習支援事業の説明や登録説明会も行っていることがあげられます。
ボランティアとしてかかわった学生は「人のために時間を使うことが、とても大事なことだとわかった」「社会問題に興味をもつようになった」と、自分自身の成長や変化も実感していくそうです。学生もまた自分の世界を一歩、広げていることに、希望を感じました。
十分な時間と空間、人が大事
一方で、まだ課題もたくさんあります。
子ども・若者支援ネットワークは、受託している事業のうちの約半分は、企画を含めて評価する「プロポーザル方式」で契約しています。ただ、契約は1年ごとに結び直します。しかし、子どもや保護者とじっくり関係をつくっていくには、長い時間が必要ですし、1年で結果が表れるわけでありません。ほとんどの自治体と継続して契約をしていますが、やはり長期的な契約関係が、子どもや保護者との将来を見据えた関係構築につながります。
塾産業の参入も増えているそうです。自治体によっては、価格競争で事業者を選定する自治体もあります。突然、事業者が変われば、せっかく構築された子どもと支援者の関係が切り離されてしまいます。
けっして子どもたちを裏切るようなしくみにしないでほしいと、強く感じます。
「貧困は働かない親のせい。子どもも努力して自分で勉強すればいい」――そんな論調が根強くあります。けれども、それぞれ働けなかったり、勉強できる環境になかったり、希望をもてずにあきらめざるをえない、保護者や子どもそれぞれの背景があります。ましてや、子どもは、その環境を選べません。
今回、学習支援事業のお話を聞き、貧困という状況が社会からの孤立を生み、さらにSOSを出せない状況になってしまうことを痛感しました。そして、長い期間、その状況を生き抜いてきた子どもたちが、さまざまな場所や大人、仲間と出会うことで、将来への扉につながるきっかけになっていくこと。…長い期間と、温かい空間、さまざまな人がいることが不可欠なのだと思いました。
*1 生活困窮者自立支援制度における生活・学習支援事業
2015年に生活困窮者自立支援法が制定され、生活に困窮している世帯への支援が始まりました。その中の支援の1つに、子どもの学習・生活支援事業があります。
この事業では、学習支援だけではなく、日常的な生活習慣、仲間と出会い活動ができる居場所づくり、進学に関する支援、高校進学者の中退防止に関する支援等、子どもと保護者の双方に必要な支援を行うこととされています(厚生労働省ホームページ参照)。
*
制度の利用についての問い合わせは…
まずは役所へ。
自治体によって、担当部署や、実施している事業、対象になる世帯がことなります…。
》生活困窮者自立支援制度事業実施状況調査(平成30年度)の結果について[PDF形式:2,852KB]
によると、全国902自治体を対象にした調査で、「子どもの学習支援事業」を実施している自治体は59%でした。都道府県によって、0%〜100%まで実施状況に差があります。
実施していない自治体でも、民間団体などが無料の学習サポートを行なっている場合があります。
[お住まいの自治体 生活困窮者自立支援 学習サポート]
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