病気と子育て子どもの生活─声をきいてください
取材記②─by Suzuki Yo & pulusualuha
子どものもつ回復力をサポートする
―成増厚生病院 東京アルコール医療総合センター「こどもプログラム」「思春期プログラム」の取り組みから【前編】
成増厚生病院の東京アルコール医療総合センター(アルコール専門病棟・56床)では、入院患者の子どもたちを対象に、「こどもプログラム」「思春期プログラム」を実施しています。プログラムは、アルコール依存症が病気であることを学んだり、感情を表出したり、気持ちを言葉で語れる場所であり、子どものもつ回復力を生かすようサポートが行われています。また、この場をきっかけに病院の家族相談や思春期相談にもつながっています。
「こどもプログラム」立ち上げの原動力となった看護師長の韮澤博一さん、思春期プログラムの中心を担う精神科医の田渕賀裕さん、描画などさまざまな方法で子どもの感情表現を援助する臨床心理士の望月美智子さんにお話をお伺いしました。
目次
【前編】
1.アルコール依存症の親をもつ子どもたちの叫び
2.「こどもプログラム」を開始 ─本来、子どもがもつ回復力を生かす
3.「思春期プログラム」の立ち上げ ─同じ境遇の仲間と安心して語れる場
【後編】
4.子どもへのサポートが、親の回復へとつながり、スタッフを変えていく
5.プログラムが継続していることの大切さ--いつでも相談できる場として
6.取り組みを発信し、共有していきたい
1.アルコール依存症の親をもつ子どもたちの叫び
「お酒で困っている両親を見ていたときに、どんな気持ちだった?」
看護師長の韮澤さんが、患者さんの子どもに質問をすると、こんな答えが返ってきました。
・「お母さんが窓から飛び降りようとしたので、僕が止めた」(6歳)
・「別に何とも思わない」(12歳)
・「大丈夫です。私がお母さんを守るから」(8歳)
・「ママのスープが飲みたい」(7歳)……。
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「別に何とも思わない」と答えた少女は3人きょうだいの長女。母親も「しっかりもので頼りになる」と話していました。
ところが、韮澤さんが面会に訪れた少女と話をしながら、ふと頭を見ると、円形脱毛症がありました。母親に確認すると、「父親のアルコール問題で精一杯で気づいていなかった」と驚いていました。
少女は、自分の感情をこころの奥にしまい込むことで家族を支え、毎日をなんとか必死に生きてきたのでしょう。
親は心配ないと思っていても、実際は学校へ行けなかったり、多動があったりする子どもも多く、なんらかの問題をかかえていることに、韮澤さんは気づいてきました。
2.「こどもプログラム」を開始――本来、子どもがもつ回復力を生かす
このような子どもたちにアルコール依存症という病気のことをきちんと伝えたい。自分の感情を表出できるようになってほしい。世代間連鎖を断ち切りたい―。
そのきっかけになるプログラムをつくろうと、韮澤さんらが中心となり、2007年に「こどもプログラム」を立ち上げました。ちょうどそのころ、ベティ・フォード・センター〈アメリカの依存症治療施設〉で学んできたスタッフもいて、そこで行われている子ども向けのプログラムをヒントに、多職種でプロジェクトを組みました。
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「こどもプログラム」の概要
・日時:年2回、土曜日(2時間)
・対象:5~10歳の子ども、10名以内。スタッフと信頼関係のある子どもに限定。
・スタッフ:約20人の多職種(ボランティアとして)
・会費:無料
・内容:アルコール依存症を学ぶ劇(子どもも参加)、アートセラピー(描画)、身体を動かす取り組み、ゲームなど
スタッフによる劇では、アルコール依存症という病気について学びます。
病気と患者を分けてとらえることができるよう、患者役の後ろに「ノメノメ星人」が張り付き、悪さをしている様子を伝えます。子どもは自分のせいで親が変わってしまったのではないことを理解していきます。
そして、「抗酒剤くん」「自助会くん」「通院くん」がヒーローとして登場し、ノメノメ星人を退治。回復の道すじを伝えます。子どもたちもバットやボールをもって、一緒に退治し、感情の表出もしていきます。真剣にやっつける子、泣きながら叩く子。「これが唯一の発散の場だ」という子や、前の日から「明日は退治してやるんだ!」と興奮して眠れない子もいるそうです。
このような姿を見て、「子どもをこんなに困らせていたのだ」と気づく家族も多いそうです。
その後は、子どもが自分の感情や、本来もっているその子どもらしさを自然に表出できるよう、描画やゲームなど子どもに合わせた取り組みを行います。たとえば描画では、目をつぶって描いた線が何に見えるかを考えながら絵を付け足して表現したり、絵でしりとりを楽しみながら気持ちを柔らかくしたりします。描いた理由を聞くと、子どもの生活や家の状況もわかってきます。
また、「自分の気持ちの重さがどのぐらいか」を考え、リュックサックにその重さの荷物を入れて背負って体感するなど、さまざまな工夫を毎回行っています。
子どもは遊びを求めていますが、連れてくる保護者は教育的な内容に興味をもつとのこと。両面を組み合わせながら、子どもと保護者の気持ちをつかめる内容を心がけています。
プログラムでは、子どもが緊張したり、感情が大きく出てしまうこともあるため、臨時応援スタッフ“ひよこ隊”が常に子どものそばに待機しています。事前にも1人1人の子どもについて把握・共有し、医療的な配慮も万全に行っています。
プログラムへの参加をきっかけに、個別に子どもから「リストカットしそうでつらい」など、SOSの電話がきたり、避難入院を受けることもあるそうです。
ノメノメ星人が張り付いています
抗酒剤くん、自助会くん、通院くん
ノメノメ星人を一緒に退治
プログラム終了後に受講証を渡します
3.「思春期プログラム」――同じ境遇の仲間と安心して語れる場
こどもプログラムを始めてから7年、2014年には「思春期プログラム」も立ち上げました。現在までに、3回実施しています。
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思春期プログラムの概要
・日時:金曜日(2時間)年2回を目安に実施
・対象:10~16歳の子ども(状況によってはさらに年長者も)5名前後
・スタッフ:約5名の多職種がボランティアで参加
・会費:無料
・内容:講義「思春期の心の健康」50分、ミーティング(グループで体験談を話す)50分、参加者1人1人とスタッフによる振り返り
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思春期になると、自分の状況や気持ちに向き合い、言葉で伝える力も出てくるため、仲間と一緒にこころの負担を軽くしていくことができます。そこで、前半は、言葉で自分の感情を表現することの大切さを学ぶ講義。後半は大人の自助グループと同じ形式でミーティングを行い、いま考えていること、感じていることを言葉で語りあいます。
いままでのミーティングで語られた言葉から、一部を紹介します。
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「まわりにこういった経験をしている人がいなくて、話せなかった。お父さんがお母さんに暴力をしていてかわいそうだった。弟もいるから自分ががんばらないといけないと思った」
「家族の中で相談できる人がいなくて、自傷行為をした。いじめにもあっていた。普通の家族になりたい」
「お父さんを殺さなきゃ家族が幸せになれないと思った」
「お父さんが退院した後、またお酒を飲んだらどうしようと、いつもひどい夢をみていた。そのことをお父さんに話したらお父さんは『そんなことはしない。大丈夫だよ』と言ってくれた。それからその夢は見なくなった。いまはお父さんと普通に話せるし、遊ぶようになった」
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いままで苦しんでいた体験や気持ちは自分だけではなかったことをはじめて知る子どももいます。同じ境遇の仲間同士だからこそ安心して語ることができる思春期プログラムの場は、自分から新たな一歩を踏み出す大きなきっかけになっています。
思春期プログラムでは、さらに慎重なバックアップ体制をとっています。自傷があるなどの参加者の情報を共有し、子どもをサポートするスタッフを決め、クールダウンできる場を確保しておきます(事前に家族に同意をとって急性精神病や解離状態になった場合に受診できる体制も整えていますが、受診に至ったことはありません)。こうした危機管理が、子どもたちの安心・安全な空間の保障につながっています。
》後編へつづく
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