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リレーコラム〜中高生の頃のわたしの工夫

リレーコラム〜中高生の頃のわたしの工夫
2016年1月18日 pulusu

子ども情報ステーション、コンテンツ制作チーム。中高生の頃のいろいろを思い出して書きました。「ちょっと安心できる場所やアイテムや時間や工夫」をテーマに。リレーミニコラムです。

リレーコラム

駄菓子屋

中学生の頃、友達から家出に付き合ってほしいと言われて一緒に家出をしたことがある。「自分はきっと今の家にはいらないんだと思う」というのが友人の家出の理由で、僕はよくもわからずとりあえず付き合うことにした。

特に行く当てもなかった自分たちが入った場所は一番馴染みのある駄菓子屋だった。下町という環境もあったので、小学校の頃から時間が空くと(あるいはおこづかいをもらうと)駄菓子屋で、なんとなく時間をつぶすということが多かった。メンコ、ビー玉、アーケードゲーム…お気に入りの駄菓子を食べながら、ひたすら遊び、くだらないことで盛り上がっていたかと思う。

家出した日も同じようにして過ごし、夜になってもなかなか帰らない僕らを駄菓子屋のおばちゃん(おばあちゃん?)は黙って見守ってくれていた。

最終的に「ミュージックステーションが観たい」と言って友人が帰りたがり、ほとんど何もないまま家出も終わった。後で親に連れられて恥ずかしそうにウチに挨拶にきた友人の顔が忘れられない。たったそれだけの体験だけど、あの駄菓子屋があってよかったと思う。家や学校だけがこの世のすべてではないことが駄菓子屋でわかった。

カウントダウン

中学の1年2年の頃だったと思います。何というわけではないけど、いろいろなことが気になって、中学女子の人間関係の中で日々過ごすのは大変なことでした。

毎日、毎時間をカウントダウンして過ごしていました。朝の時間、1時間目、休み時間、2時間目、中休み・・・・帰宅までトータル16くらいだったでしょうか。1つ終わる毎に、1/16が終わった・・・1/4・・・1/2・・・13/16・・・ へとへとになりながら、そうやって1日が終わるのをじっと待っていました。

出口の見えない気持ちだっただろうと思いますが、やはりこれといったきっかけもないけれど、いつの間にかそういう日々は過ぎていきました。

時間は必ず過ぎる。

その後も、さしあたってのゴールを決めて、カウントダウンする日々はあまりかわらないように思います。だけど、その先が少しだけ見通せるようになったかもしれません。高校卒業まであと○日。そしたら家を出る、とか。

あんなに長かった1日の時間が、大人になった今は早くて早くて・・・。遅くも早くも、楽しい時間もしんどい時間も、時間は必ず過ぎるのだと改めて感じています。

中学時代の転換期

私の中学時代は、人間不信に陥った日々で現実の人間に癒しはなかったけど、落語にはまっていたことを考えると、本当は人を肯定したいと思っていたのかもしれない。生きる意味とは何なのかとか、空を見上げては、私がいなくても世界は変わらないとか、ネガティヴなことを考えていた。

中学時代は、基本ネガティブだったけど、何かに熱中してる時は忘れていたし楽しかったと思う。だからいつも結構忙しかった(笑)。

こんな私の1番の転換期だったのは、一緒に暮らしていた祖父の急死。事故に遭い即死だった。人はこんなにもあっさり死ぬんだと学んだ。だから、やりたい事をやらないと損だと思った。

我慢は良くないと思い、学校で大人しかった私が思った事を発言するようになった。そして、言い過ぎてしまい失敗した。慣れないことはしないほうが良いと落ち込んだが、人の評価を気にして悩むのは損だなと思い、チャレンジを続け、良い加減を少し学べたと思う。

まだまだ話したい出来事があるが、今日の所はこの辺で。

アルバイト

高校生活。部活引退後、活気のある市場でアルバイトしていました。

貼り紙でアルバイト募集を見て市場のアルバイトに行きました。その前のオシャレな自然レストランはどうも合ってなかったのか、すぐにやめてしまいました。

アルバイトをはじめると、そこはいつもと違う世界の入り口のように感じて、少しワクワクしていたように思います。学校や家以外での新しい人間関係は、とても楽ちんでしかも、アルバイト代も入る!私には一石二鳥でした。

市場で働く大人たちは元気で細かいことを気にしなさそう、、、高校生の私にはそう見えて、そこでアルバイトしている時間は元気が伝染してきて、安心してアホなことを言ったり、おバカなことをしていたように思います。実際ちょっと失敗したくらいでは怒られなかったような。

市場の他のお店のおっちゃんとおばちゃんたちの、笑い声やしょうもない冗談なんかも、心地よく、部活引退後、時間がたっぷりある私には、居心地のいい居場所でした。お金を貯めてバイクの免許を取ったり、、、、

本屋

なんとなく家に居たくないときは、近所の本屋を巡ることが好きだった。基本的に移動は自転車だったので、二駅先までも移動して、4〜5軒くらいは回って、なんとなく立ち読みなどして過ごしていた。本屋ごとに取り揃えている本が違ったり、ビニールカバーに入っていて立ち読みが出来ない本があったりしたので、この本屋ではマンガ、この本屋では小説…などと決めて読んでいたいように思う。

ときどきお小遣いをもらったときは、そんな本屋巡りで一番気に入った本を買って、お気に入りの公園のベンチや駅前のマクドナルドでその本を読むのが大好きだった。

今にして思うと、その時間が何よりも心が満たされる孤独な時間だったように思う。日常生活でどんなに嫌なことがあっても、読んでいる本の世界に没頭すれば、それが忘れられた。どんな状況でも頭の中で考えることだけは自由なんだなと当時の自分はなんとなく思っていた。そう考えると孤独であることも悪いことばかりではないと思う。今でもそう思う。

* * *

いろいろありつつもなんとか大人になりました。

中学生くらいのときは、今のこのしんどい世界が世の中の全てだと思っていました。高校やその先に進むことで、世の中にはいろんな人がいて、いろんな仕事や遊びがあること、世界が広いことを知りました。

世界はほんとに広い。

 

世界はひろいし

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